3-2.同情

アオキの寮は大きな国道沿いに立っていて、タクシーを捕まえるのは造作も無かったんだが。
結果的にそこから15分ほど走ったところにある繁華街で降り、彼と大将の会話から行きつけなのであろう居酒屋でビールが運ばれてくるまで、会話は何一つなかった。

余程、機嫌を損ねてしまったのかな

相変わらずビールは苦手だ。
乾杯はビールなんて誰が言い出したのか、ただでさえ苦いビールが、早い時間から賑わう店内とは真逆の雰囲気からか余計に苦く感じる。

僕は、野球を愛したと言い切れると思う。
だからこそアオキのさっきの反応、ここまでの重い雰囲気が気になり僕の方から切り出してみた。

何かあったんか

まぁいいやないかと誤魔化す戦友、いや親友に僕の想いを伝える。

飲みたくないんならそう言え、なんかあったなら話せ
俺はさっきのお前に大人になった格好良さを感じたぞ
お前が聞いてくれるなと言っても俺は聞き続けるぞ
そういう仲やなかったんか

明らかに苛立った表情のアオキから出てきたのは

お前に俺の気持ちは分からん

当初の目的など忘れ、一杯目のビールはあっさりと空になり。
昔ながらのテーブル形式の店内の真ん中で、怒号のキャッチボールを行う二人。
話せよ、いいや話さん。無駄にも思えるこの問答が終わるかどうかの頃、奥から出てきた大将に諌められ、二杯目ももう終わりそうな状況であいつはようやく話し始めた。

実は、肩をやってしもて
もう野球は出来んと言われとる

ここまでの問答は何だったんだと思うほど、全ての感情が一瞬で腑に落ち。
理由なんかも聞く気は無かったが、絶対治らんのか、とは聞き返してみた。

肩というのは、野球の楽しみという意味では、実はかなり大きなウェイトを占める。そのことを知る人は少ないだろう。
と聞けば、肩を痛めた野球人が、野球自体を楽しめなくなるということも、容易に想像がつくのではないだろうか。

そんな僕の心配を他所に、治る治らないの答えよりも以前、アオキは新たに、社会人として、大人としての新たな目標を既に見つけていた事を聞いた。
反面感じる、言葉の端々に出る野球への愛情と感謝。
こいつは決して野球を嫌いになったわけじゃない、好きだったからこそある、野球から貰った大切なものの数々。

自然と涙を流す二人は、さっきまで怒号のやり取りをしてたんだよ。
不幸にも真ん中にあるテーブルが、周囲のお客さんから好奇の目を向けられている原因である事など全く意にも介さず。
そうか、そうやったんかと聞く僕、放流し出すと止まらないアオキ。

ひとしきりお互い泣いた後、笑顔と共にお酒を進める僕らの周りに、あんなにいたはずのお客さんが気づけばまばらになっていて。
そろそろ閉めるぞと言ってきた大将に、ゴネながら支払いをするアオキ。

朝まで飲むぞ、と入ってきた時の重い空気はどこへやら。
肩を組んで僕らは、次の店へと向かった。

人間なんて簡単なものだ。
この日から、僕は無類のビール好きとなった。

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