2-7.口実

我慢の先には、破綻しかない

涙と懺悔を持って僕にそう示してくれたノブオさんに、不満など口に出来るはずも無かった。事実そんなものは感じておらず、むしろふつふつと燃え上がる感情の矛先は、自分自身に向けてだった。
そう思わせてしまった理由は何なんだ、僕の我慢なのか。
だとすると、我慢って何だ。
目の前に蹲るノブオさんの背中が、やたら大きく見えた。

幼少期から、自己主張の記憶はほとんどない。
周りにはやし立てられ、その期待に乗っかることが二番煎じの自己主張だと思い込んでいたんだ。
人生を奪われた、そんな感覚全くない。
だからこそなのだろう、親友と呼べる友達も少なかった。

全ては僕自身の誤った認識、つまりは我慢という行為こそが、周囲を取り巻く人達に無意識のうちに与えていた罪悪感の根源だったんだ。

ノブオさん、聞いてください。
きつかったし、辛かったです。
だけどそれが立派な大人になる道の途中なんだと思って、僕はあんたの言う通り我慢してきたんやと思う。
あんたにとって重荷になっとったんやとしたら、やっぱり僕のせいです。
もしそうだとしても、ちゃんと言わせてくれ。
本当に恨んでない、誓って感謝しかない。
ノブオさん、本当にありがとうございます。

次の日、僕は店を辞め
長く住んでいたノブオさん宅の一室を出た。

節目としての整理の意味を込め、実家に戻った、いや正確には寄ったんだが相変わらず母は僕に興味を持っていなかったようで。
何年も寄り付かなかった実家へは、家賃の名目でノブオさんが毎月お金を振り込んでいてくれた、というのは母から聞いた。
どっかにおったんやろ?という素っ気ない問いには、返事すらしなかった。

どうしてこんなにも温度に差があるのだろう、と胸に浮かんだ、子からすると相当に不自然な疑問にも大した答えは出ず。
退職金だとノブオさんから渡された多すぎるお金と、環境が変わることへのいくばくかの不安と期待を胸に、実家を出た。

こういう日は、決まって爽やかな青空だな

ノブオさんは家までも用意してくれていた。
こんな小さな町にもわずかにある繁華街に近い、割と新しいアパート。
ここで始まる新たな生活を想像すると、否応なしに胸も躍るというものだ。
繁華街からは近いものの、少し入り込んだ所にある新居は、国道が近い立地にあって昼も夜も静かだ。穏やかに暮らせ、というノブオさんからの無言のメッセージのようにも取れた。

進路希望を求められた僕は、大学受験を希望する旨を伝えた。学業にほとんど興味のない態度を知っていた先生方には、こぞって止められたが。
ノブオさんから新たに導いてもらった道、ではあったものの、それではまた同じ過ちで誰かを傷つけてしまうかもしれない。
そう考えていた、だからこそ今度は選択を誤らない。
マエセンにもノブオさんにも、母にも。そして一緒に暑い夏を過ごした戦友たちにも、恥ずかしくない自分で居たかったんだ。
そして僕は、戸惑う先生方に向かって啖呵を切った。

自分の道は、自分で決めます

何故かほっとしたように肩をすくめる先生が、安堵の笑みを浮かべ言った。
お前なら、やりそうな気がするよ。

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