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『悲しみとともにどう生きるか』入江杏編著 書評<「SDGS通信「市民文庫」2023年2月号所収>

『悲しみとともにどう生きるか』入江杏編著 柳田邦男、若松英輔、星野智幸、東畑開人、平野啓一郎、島薗進著     集英社新書 
                    990円+税
                    評者 白崎一裕(那須里山舎)

 
評者は、コロナ禍のこの3年の間、喪失と悲嘆そして苦痛の経験を繰り返している。還暦越えのこの年齢になってなぜこんなに自分に苦難がふりかかってくるのか、その境遇を呪うことさえ苦痛になる時間を過ごしている。

   それは、コロナが席巻しだすほんの少し前からはじまった。栃木県北に東京から移住して始めた、障がいのある子どもたちの支援機器の輸入販売の仕事は25年にもおよんだが、その仕事が突然大手の介護機器メーカにのっとられ、それに対抗して二年近くにおよぶ裁判闘争をはじめることとなった。それが「敗訴」という決定で終わったのが2020年一月のこと。と同時に急に体調の悪化したパートナーに子宮頚がんの告知があったのが、その二か月後の3月上旬だった。こうして、仕事と収入と健康な暮らしが一度に失われ様変わりした。ただ、そのときは、まだ、これまでの人生7度におよぶ転職フリーランス生活、なんとか切り抜けてやるという気力だけはあったような気がする。もともと道なき道をつくる人生だと自負していたので、この程度のことで負けてたまるか!ということだった。
それが、まったく幻想だと自覚することになるのはすぐだった。

 おもったより厳しいパートナーの闘病生活、あたらしくはじめた「ひとり出版」事業の厳しさ。その結果は、朝、布団から起床する苦痛にはじまった。いまのいままで朝をすっきりと起床できた日は一日もない。これを通常はうつ状態ないしうつ病というのだろう。私もそれを自覚し、がん治療にかかわる医療で最近認知されてきた、がん患者やその家族を精神的にサポートする腫瘍精神科(ないしは精神腫瘍科)を受診しようと思い、仕事でたびたび訪れていた埼玉医科大学医療センターの腫瘍精神科の第一人者、大西秀樹医師のところに電話予約をいれた。ところが、緊急の自殺念慮のある患者さん以外の予約は、半年先までいっぱいだと受け付けの看護師さんが申し訳なさそうに言うので、診療予約はあきらめた。その後、連れ合いが入院する自治医科大学附属病院の臨床腫瘍科に、若い腫瘍精神科のドクターがいらしてサポートしていただいたのだが、私と同じように苦しんでいる方々がたくさんおられることにあらためて気がつかされた。

 抗がん剤、放射線併用、東洋医学がん治療、遺伝子パネル検査、新薬治験予約と1年半の間に、あらゆる手をつくしたが、パートナーは、がんに伴う合併症の脳血栓症で一年前に急逝してしまった。この亡くなった時期とほぼ同時に気候危機とグリーンニューディールに関する書籍を二冊出版することになっていて、死去するパートナーの枕もとでゲラを読んでいたが、いまだに、どうやって出版したのか記憶が定かではない(このときは、必死に仕事をしたが、やはり大きなミスをおかしていたことが最近わかり、そのことも心的抑圧を高めている)。

 こうして、一周忌をむかえているのだが、この世界からは、まったく色が失われた。そんななか、私が「お金リテラシー入門」を連載する同じ雑誌「WE」に登場された、本書の編著者、入江杏さんの存在が、私のかすかな慰めになってきた。

 入江さんは、このような紹介をまったくよく思わないと推察するが、未解決事件の「世田谷一家殺害事件」の被害者遺族の方だ。あの事件の衝撃から考えて、自分の妹さんとそのパートナー姪御さん甥御さんなどのご家族を理不尽に失った、そのお気持ちは、私のようなものが不遜にも想像することすら憚られる。被害者のレッテル貼りから理不尽な誹謗中傷をうけたりもした。ただ、入江さんは時間をかけて、その悲嘆から、グリーフケアのお仕事へと昇華させていく。本書は、そのケアの時間を共有する表現者たちとのコラボレーションの記録である。

 入江さんの存在自身が、私の支えとなっている。
映画「ジョーカー」で主人公は、自分はまったく悪くないのにその自分を追い詰めてきた社会そのものへの復讐をはたす。私が「ジョーカー」にならないところでとどまっていることができたのは、入江さんの存在、そして今現在でも私を支えてくださっている友人・知人・仕事仲間の方々のおかげである。
人は人が支えあうことでしか存在できないのだから。

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