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[西洋の古い物語]「ヒュアキントスの死」

こんにちは。
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
今回は太陽神アポロンに愛された美少年の物語です。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。
※ 画像はニコラス・ルネ・ジョラン作「ヒュアキントスの死を悼むアポロン」(1768年)です。この物語を題材とした絵画は他にも多数あります。

「ヒュアキントスの死」
(オヴィディウス、『変身物語』より。 adapted)

 昔、金色に光輝くアポロン神が気の向くまま地上を歩き回っておりましたところ、ヒュアキントスという少年と出会い、親しくなりました。彼はラケダイモン(スパルタのこと)のアミュークラース王の子息でありました。アポロンは限度を超えた熱烈さで彼を愛しました。なぜなら、少年は他に比べようのないほど美しかったからでした。

 太陽神は竪琴を脇に投げやり、日々ヒュアキントスの遊び相手になりました。しばしば彼らは様々な遊戯を楽しんだり、そそりたつ山の尾根に登ったりしました。一緒に狩りの獲物を追いかけたり、影なす静かな湖で釣りをしたりしました。太陽神は我が身の尊い威厳を顧みず、少年の網を運んだり彼の犬を御したりに甘んじたのでした。

 ある日のこと、2人の友は衣服を脱いでオリーブの果汁を体中にこすりつけ、円盤投げに興じました。まずアポロンが身構え、円盤を遠くに投げました。円盤はその重みで空気を切り裂き、地面にずしりと落下しました。その時ヒュアキントスは円盤を拾い上げようと急いで走り寄ってきました。しかし、固い地面は円盤をはねかえし、彼の顔にまともに当たりました。怪我をおった彼は地面に倒れました。

 ああ!蒼ざめ、恐怖で一杯になって、太陽神は倒れた友の傍らへと急ぎました。彼は少年のくずおれた身体を抱え上げ、薬草で彼の傷を止血しようと手を尽くしました。しかし、全ては無駄でした!悲しいかな!傷口はどうしてもふさがりませんでした。そして、茎が砕かれた菫や百合が軸から花を力なく垂れて萎れていくように、ヒュアキントスもその美しい頭をがっくりと垂れ、死んでしまったのです。

 悲しみに満ちた太陽神は苦悩の叫びをあげました。
「ああ、愛しい者よ!お前はうら若い身で斃れてしまった。そして、私一人がお前の破滅の原因となったのだ!ああ、お前に我が命を与えることができたなら、あるいは命絶えてお前と一緒にいられたらどんなによいか!だが、運命の女神がそれを許さぬ以上、お前は常に私とともにいさせよう。我が唇にはお前への賛美を棲まわせよう。我が手がつま弾く竪琴も我が歌も、お前を祝福するのだ。そして愛しい少年よ、お前は新しい花となるのだ。お前の葉の上に私の嘆きを書き付けよう。」

 すると、太陽神がまだ喋っている間に、ほら!ヒュアキントスの傷から流れ出た血が草を染め、そこから百合に似た形の花が萌え出ました。それはテュロスの貝から取る深紅の染料よりも鮮やかな色の花でした。その花の葉の上にアポロンは哀悼の文字を刻みました。「アイ、アイ (ai, ai)」というその文字は「ああ!悲しいかな!(alas! alas!)」という意味なのです。

そして、春が冬を追い払うごとに、ヒュアキントスの花も新緑の草の中に花開くのです。

「ヒュアキントスの死」の物語はこれでお終いです。

 この物語を読むと、若く美しい盛りに不慮の死を遂げたヒュアキントスへの憐れみとともに、彼を愛したアポロンの悲しみに胸を締め付けられます。

美少年ヒュアキントスの血から生じた植物はアイリス、グラジオラス、ヒエンソウなどと言われています。その色は“Tyrian purple”よりも鮮やかな赤であったそうです。

“Tyrian purple”は、ギリシャ・ローマ時代にシリアツブラボラという貝の貝殻から採取した深紅色の染料のことで、古代都市フェニキアのティルス(テュロス)付近で多く産したとのことです。英語では “Tyrian purple”と表記され、「ティリアン・パープル」などと訳されるようですが、いわゆる「紫色」というよりも赤みの強い色で、ローマ皇帝の帝権のしるしである「紫衣」はこの色で染められたと言われています。文学作品では鮮血の真っ赤な色を表す際によく用いられます。

この物語の原文は以下の物語集に収録されています。


最後までお読み下さり、ありがとうございました。
次回をどうぞお楽しみに。


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