ゆるゆると数学を楽しみたい人のために

ゆる~い数学好きのためのイベント

 ここ1か月ほど,時折思い出しては考えていることがあります.それは「ゆるゆると数学を楽しみたい人のために自分に何ができるだろうか」という問いかけです.

 ちょうど1か月ほど前に,『笑わない数学』の書籍版(もうご覧いただきましたか? まだの方は是非お求めを)を一緒に作ったライターさん,編集者さんと会食する機会がありました.そのとき何度か「ゆる~い数学好きのためのイベントができたらいいですね,できればガチ勢には遠慮してもらって」という話題が出てきたのです.

 ぼく自身はどちらかと言えばガチ勢寄り(かける時間量も扱う内容面も)ですから「参加してもいいでしょうか?」と思ったり思わなかったりでしたが,自身の可否はさておくとしても,やっぱりゆるゆると数学を楽しみたい層は少なからずいるだろうとは思うわけです.

 であれば,この層をメイン顧客とした数学のイベントなりがあってもいいのだろうな,と考えるのは自然なことなのでしょう.

「ゆるゆると楽しむ」とは

 では,そのイベントでは何をしましょうか?

 これが,なかなかの難問です.

 この内容を決めるには,まずゆるゆると数学を楽しむとはどのような楽しみ方なのか? を見定める必要があります.それはそうですね.楽しみ方もわかっていないのに「楽しみましょう」と言っても伝わりません.

 ここで,ぼくはよく将棋(と将棋界)を対比して考えます.将棋にはここ10年程の間に「観る将(観る将棋ファン)」という言葉が浸透し,そしてそれこそが将棋ファンの裾野を格段に広げました.

「観る将」という言葉がどのくらい浸透し,将棋界の中の人たちにまで無視できない存在となっているかは,例えば対象とする書籍からも見て取れます.いくつか挙げてみると

などですね.従来の将棋本は将棋が指せて願わくば強くなりたい人が想定読者でした(棋士のエッセイなどはまた別枠です)が,これらの本は将棋が指せなくても楽しい,将棋が指せればもっと楽しいに心を砕いて書かれています.

 指して強くなる,つまりプレイヤーとして高みを目指すのが従来の将棋ファンの大きな目標だったわけです.その時代には観戦にも「内容がより理解できる強い方がよい」という暗黙の前提がありました.ぼくは中学生くらいから大学生ごろまでほとんど将棋を指しませんでしたが(相手がいなかった)それでも将棋雑誌などをもっと楽しむために強くなりたいと思っていました.

 強くなることからオリて,ただ将棋および同好の士と触れ合うことも将棋の楽しみ方だとポジティブに(しぶしぶではなく)認めてできたのが,観る将という存在であり言葉だと言えるわけです.

 指さないという行動は同じでも,強さへの向き合い方が根本的に違うのが「観る将」です.もちろん,人によってグラデーションはあるわけで,ぼくも広義の「観る将」です.実際,指すより観る方が多いですから.

「ゆるゆると楽しむ」を表す良い呼称はあるか?

 そういう経験を経て,数学においても同じように強くなることからオリてただ数学を楽しむあり方もありうる,むしろあるべきだと思うようになりました.もっともぼく自身はかつてプロを目指していた身で,言葉としては言えても,実際にそれがどういうあり方なのか肌感覚では理解できていません.

 再び将棋との対比に頼りましょう.観る将の特徴は「強さを志向しない」ことでした.自らプレイはせず,将棋をテーマとして展開される世界や物語,つどう人々との時間を楽しむ.

 そのまま「将棋」を「数学」に置き換えてみます.自らプレイはせず,数学をテーマとして展開される世界や物語,そこにつどう人々との時間を楽しむ.なるほど,確かにありそうです.

 このような楽しみ方を一言で表すいい言葉を,ぼくは探しています.このようなあり方をうまく端的に表現し,かつ自ら「わたし○○なんです」と自己紹介に使いたくなるような,そんな言葉を探しています.

 かつて「数(すう)ぽよ」という言葉がありました.NHKが『集まれ!数ぽよ。』という番組を作ったこともあるくらいです(龍孫江は『集まれ!数ぽよ。』の続編を強く強く望んでいます.NHKさん何卒よろしくお願いします!).この番組説明には,

人にはあまり言ってないけど、数字を見るとわくわくして数学をもっと知りたいなって思う、そんな「数(すう)ぽよ。」

https://www.nhk.jp/p/ts/RJ5G2XZ4N3/episode/te/6VWRMXJVJ7/

とあります。ぼくが初めて見たのはTwitterで,確か「ガチでない=ぽよ」が最初の提案だったと記憶しています.これも悪くないというか語感は図抜けていいですが,浸透するまで説明が面倒そうとも思います.「将」の字の用途としては将棋の割合はかなり高そうなのに対し,「数」の字の用途は多いのですぐに「数学」は出てこなさそうです.

 ただこういう言葉がきちんと定着し,そういう楽しみ方もあるんだときちんと認知されれば「自分もそうなんだ」と感じる人は少なくないはずです.それは確実に数学の裾野を広げるはずなのです.

聞き手・ツッコミ・副音声

 ところで「自らプレイはせず,数学をテーマとして展開される世界や物語,そこにつどう人々との時間を楽しむ」と書き直して思いました.これはもう『笑わない数学』が始めていることではないかと.

『笑わない数学』は,毎回ひとつの問題の認知や提起から始めて,わずか30分の枠の中で最先端まで語ろうとします.枠が枠ですから,論理立てて組み上げることはできませんししません.土台の部分でちょっと手を動かす場面を見せて,あとは語りと映像の勢いで最先端まで眺めさせてくれます.

 とはいえ「ちょっと手を動かす」を見せている部分はものすごく大事で,あの部分があるから「自分もやってみようかな」と思う人たちもまたたくさんいるのです(プロの「手を動かす」は模範演技ですから,なかなか真似もできません).

 この『笑わない数学』の成功の一因は,やはり「作り手が素人である」ことでしょう.プロ数学者の意見を真摯に聞きつつ,自分たちにとって準備の段階で難しかった,あるいは感動したところをクローズアップして視聴者に語りかけている.素人目線が良い意味で効果的に働いた結果だろうと思います.

 ぼくが数学の動画なり文章なりを作るとき,やはり理解してもらいたい欲は抑えられません.そうすると「今何が起きているか」がどうしても増えてしまいます.視点がどうしても「歩く人」目線になりがちです.

 もっとゆるく,もっと視点を高くして俯瞰するように語る.そういう語りの需要もまた高いのだろうと思います.なかなか自分ではそういう目線に立ちにくいのですが.

 自分がそういう語り方をできるのはどこかと考えたとき,思いついたのは既にあるコンテンツにさらに解説をつけるといった場面でした.そういえば,将棋中継にもたいてい解説がついています.将棋の話がメインですが,長丁場では対局心理なども織り交ぜて雑談交じりに解説が展開され,それぞれの味がやはり支持されています.

 数学の講演で基本的に,講演者は入念な準備をして,壇上に1人で立っています.この形の講義・講演は数学イベントとしても重要ですが,もう少しくだけた場なら聴衆が聞きたそうなことを質問したりツッコんだりする「聞き手」と講演者を掛け合わせるものがあってもいいのに,と思います.

 あるいは既にある動画に副音声を乗せるのも面白そうです.本動画はまじめに,副音声はエンタメ寄りとしてもいいですし,『笑わない数学』であればどんどん枝葉を足す解説も可能でしょう.

いろいろ頑張ります

 今の自分に何ができるか……と考え始めると,できることが少なくてあきれてしまいます.ですが,数学と楽しみたい人の間をつなぐ,数学を楽しみたい人同士をつなぐのはぼくの今後の活動において重要な課題だと感じています.

 今の自分が「聞き手・副音声」みたいな活動をするにはちょっと当意即妙さに欠けるところが多いので,まずはトークの反射神経などから鍛えていきたいですね.

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