終わりは始まっていた #3


話を飲食に戻すと飲食業界はコロナで盛大に首切りをしたので誰も望んでいなかったとわかっていても、俺の私のクビを切ったのはアイツという事だけはしっかりと魂に刻まれているので簡単な事では戻って来ては来れません。理性と感情は違うのです。そして必要なのは具体的な対象です。面と向かって話せる店長は具体的な不満のぶつけ先たり得ます。

これも小池百合子が強引に民間に押し付けた罪なのですがコワモテおばあちゃんにはビビり散らかすマスコミなので何も言いません。クビになった諸君は都庁に押しかければ良かったんです。あの人はイメージだけの人なので、お前のせいだとみんなに言われるのは非常にまずいのです。さらに騒ぐ民衆を暴力で退去させるのは本人的には何とも思って無いけど、絵面が悪すぎてイメージが悪くなるのでやりたく無い。都庁の前でダンボールハウスに住み始めればどうにかなったかもしれなかった。

小池百合子は本当に罪深いし今まで何の責任もとっていないので裁かれる日が来る事を希望しています。

しかし、40年近くかけて「ゆとり教育」やらで日本人を骨抜きにした成果が出てますね。あんな事しておいて焼き討ちも起きない誰も殺されないなんて。イギリスでもフランスでも暴動起きてましたよね。行政のせいで職が奪われるんだから。都庁は無理でも出先機関の一つや二つは焼き討ちにするくらいでないと役人が舐め腐ってさらに木で鼻をくくったような対応をしだしますよ。雑に扱って良いとなったら、徹底的に酷い扱いになるものです。監獄実験って言うんですがね。緊張感ある仕事は暴動から。

環境は悪くても仕事はしなければならない。自分の城である店に対して店長なり社長なりの「自分の仕事に対するプライド」みたいなものが無ければ「事勿れ主義」になります。「雇われ」はどこまで行っても「雇われ」です。酷い接客で来なくなるのはその客だけだが、店員が辞めたら最悪店が開けなくなる。したがって店員天国(ただし薄給)という堕落したおかしな状況が目の前にあります。

仕事が出来ない若い店員が大量に存在しているのは、本来教育係を務めるベテランがいないからです。なぜいないのか?1人の給料が高いベテランをクビにして若い子を3人雇ったからです。

地方の老舗旅館が軒並みダメになってきています。その原因はベテラン解雇だそうです。安くてうまい飯は地方のおばちゃんたちが作ってのでした。経営者ってお金があれば出来るというものでは無いのがよくわかりました。エセ経営者にはとっとと退場してもらいましょう。金だけあっても事業など出来ないんですよ。その店に刻み込む魂みたいなものが必要なんです。

潰れるべき店は潰さないとダメなのです。
延命は誰のためにもならない。

残念な気持ちもありますが、そういう店にはもう行きません。単純な話ですが不愉快な店には行かないし買わなければ良いのです。結果がどうなろうと知った事では無いですね。商売は競争なのですから。

では、また別の記事でお会いしましょう。

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