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デザインを学ぶということ。

こんな、質問をいただいたので回答したいと思います。
ある意味とても興味深いです。質問者様の意図と違った回答であればすみません。

非美大卒のデザイナーについてどう思いますか?
一般大学を卒業しデザイナーを目指している知人がいます。美大卒のデザイナーの私からするとなんだかモヤモヤしてしまいます…。
もちろん挑戦する心意気や努力はすごいと思います。ただ4年間デザインを専門に学んでそれを武器に必死で就活し、それでもデザイナーになれなかった同級生を何人も知っている身としては、そんな簡単にデザイナーになりたいと言われてもなあ…とどうしても思ってしまいます。

質問箱 https://peing.net/ より(noteへの質問文の転載許可を質問者様にいただきました。)


まずは、僕自身が美術大学ではなく、いわゆる一般大学の心理学専攻(社会心理学)を卒業してからデザイナーになったので、質問者様にモヤモヤされる側なんだろうなあ、と恐縮いたします。

心理学を学んでいたというと、カウンセリングとかの知識があるんですか? とか人の心が分かるんですか、などなかば冗談だとは思いますが聞かれたりします。社会心理学を学んだ人ならわかりますが、臨床心理学と社会心理学は同じ心理学という名前を冠していても、全く異なる分野の学問です。

デザイナーになるために美術大学(のデザイン科)に行く、というのは王道中の王道のコースだと思います。反対に考えると、デザインを大学で学ぶ以上どうしても「デザイナーになる」という見えない枷(かせ)を付けられることになります。

これまではデザインの大学はデザインの専門学校と同様に、職業訓練所的な役割を多く与えられてきたと思います。実際に美大教員をやっていると、大学入学前の相談でも「みんなデザイナーになれるんですか?」という高校生や保護者の相談を受けます。もちろん、4年美大卒という条件は、大手代理店のアートディレクターや大きなプロダクションのデザイナーになるときは、必須条件だったり圧倒的に有利な条件に紐づくとは思います。それは既知の事実としていったん置いて、いちど学問と職業を整理、ときには分離して考えることも大切ではないかと考えています。

私の例に戻りますと、社会心理学を学んだからといって心理学者や心理学を専門にした職業に就いているわけでは全くありません。しかし、社会心理学を学んだことによる価値は、自分の人生においてかけがえのない価値となりました。数値を使って抽象的に事象を捉えること、事実や構造を分析して仮説を立てること、社会集団の中でどのように振る舞っていくべきかを客観視できること、それだけでなく、大学での学びは新しい世界を知ることや読解することの楽しさ、新しい枠組みを広げる喜びを教えてくれました。

質問者様で考えると、もちろんデザイナーになる技術を身につけるために美大に行く、この構造が中心にあることは間違いないのですが、ものごとを造形的な視点で抽象的に捉えることや、対象の関係を分析して新しい関係に作り替えること、ビジョンを描いて社会にそれを発信すること、などデザインというものをとりまくあらゆること(コンテクスト)を、質問者様は学びの中で獲得してきたのではないかと思うのです。

誤解を恐れずに発言すると、僕はデザイナーになることだけがデザインを学ぶすべての意味でもないと思いますし、デザインを学ぶことが、デザイナーの職業訓練だけのために役に立つのではないとも考えています。デザインを学ぶという価値はそんな受け皿の小さいものではありません。

専門性とひとくくりにしてしまえば、みな同じ一本道を高め合いながら進んでいく、というイメージがありますが、社会を見渡すとデザイナーの数だけデザイナーの形があるように思います。デザイナーを目指しデザイナーになれなかった、という知人の方の結果は、確かに短期的なその時点では悲しむべきことなのかもしれませんが、長期的な視野では必ずその種は社会のさまざまな場所で芽吹いていくはずです。

質問者様においても、デザイナーというキャリアを通じて、これから社会に大きな価値を届けていくのだと思います。美術大学で一生懸命デザインを学んだあなたにしかできないことが数えきれないくらいあります、と同時に経済学を学んだデザイナーにしかできないこともあるかもしれません。

また、卒業してしまえば、これから何一つ他の分野を学べないということはありません。デザインは領域横断性の高い仕事です。社会学や心理学、哲学や工学や経済学。何も大学での講義や講評だけが学びの場ではありません。仕事や読書や体験を通じてあなたがこれから学ぶことは、あなたを一回りも二回りも大きくしてくれると思います。

美術大学で学んだという大きな価値を礎(いしずえ)に、長いキャリアの中でたくさんの学びの広がりが加わったとき、誰にも真似できないあなたのキャリアの形が、自然とできてくるのではないでしょうか。




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