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この眼は無色透明につき


Noteに留学中の生活を書き始めてから、
今日で丁度1年が経った。

そして1年前の今日、
僕は日本への帰国まで、
あと1週間を残していた。

何を思っていたのだろう。

(2019年7月23日 僕の寮部屋)
この日思い立ったように、noteを書いていた。

ちなみにタバコを吸うときは、
この窓からベランダに出るのである。



僕らは、正しく色を見ているのか。

虹が、その地域によって7色だったり、
8色だったりするのは、
どこかで聞いたことがあるだろう。

それはつまり、生まれた環境や社会が、
色を決めていたという話である。


太陽は赤、星や月は黄色、空は青色。

しかし、実際に太陽を直視して(失明します)、赤と名付けた人はいるだろうか。

ガラスに煤をつけて太陽を見たときには、
もう赤だと知っていたのではないか。


環境や社会に色眼鏡を渡されたことで、
僕らはもうその色にしか見えない。

人間、二度と無垢には戻れない。


「睡蓮」、「印象・日の出」を描いたモネは、以下のように言ったという。

”私は全盲になりたかった。"
"そして、それが治ったとき、初めて見た色を描きたかった。”

この話の真偽や、
19世紀に全盲を治す手段があったかどうかは、
全く知らない。

けれども、
それだけ社会がかけるバイアスは
強く、染み付いているということは分かる。


だから、
この1年間、自分の環境に無いものを見た。
フィルターを無くし、何でも直視した。
何かに例えられないことが沢山あった。


実に色鮮やかな無色透明の旅路だった。

2020年7月23日
なおと

#留学 #ミュンヘン #色 #考え #自分への挑戦

これで終わりです。
ありがとうございました。

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