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第一話 げんこつ山のたぬきさん

あらすじ
某自動車会社で管理職を勤めていたとある女性が、人の姿を保てなくなり、梅干しになったあげく、詩人を名乗り、ライターに転身するという、奇想天外なキャリアの珍道中。そのストーリーは天然塩仕込みで、酸っぱい。

決して甘くはないその道のりに「あらすじ」なんてあったもんじゃないが、人生の転機に、ことばの世界に救われた梅干しは、書くことで、人生の転機を創造しつづけ、出会った人たちの人生という景色を文章の上に綴りだすライターとなる。毎日生きているだけで奇跡・・・いや必死だった軌跡の物語。

「そして、梅干しになった」あらすじ


「黒っ・・・!」

娘が生まれた。

初めて娘と対面した母は思った。

(赤ちゃんて、みんな薄毛じゃないのか・・・)

娘は、ワカメのような黒髪が、おでこにたっぷりとへばりついていた。
帝王切開で生まれた我が娘との感動の対面。

その心の第一声がまさかの「黒っ・・・」だったというのは、母としていかがなものか・・・とちょっとだけ思ったが、もうあの瞬間には戻れない。

そんなワカメ頭だったが、私も、私の母も、娘を見て泣いた。

いのちは、生まれるだけで親孝行している。
他の何もいらない。愛おしい。

毎日、毎日、娘に話しかけた。
ふにゃりと笑うだけで家族みんながこの上なく癒され、そして笑顔になった。泣いていれば、おむつを替え、おっぱいをあげた。

いつまでたっても慣れない授乳は、これならどうだと、ぐにゃりとする首を支えながら、授乳枕、たて抱っこ・・・
こんなのもありなの?と「フットボール抱き」まで試した。

そうこうしているうちに、
(赤ちゃんて、結構頑丈なんだな・・・)と雑な母は心から安心した。

泣いてる顔も、笑っている顔も、写真に撮りまくり、スマホのアルバムには
どこが違うのかわからないほど、似たような写真が、大量におさめられていった。

連続うんちで布おむつが足りなくなり「もうだめだ・・・」と半べそに
なったり、胃腸炎だの、風邪だのと、てんてこまいな日々を過ごし、
妊娠中にも思ったけど改めて、

 「世界中の、すべてのお母さんを、尊敬します。」

心からそう思う日々。

ワンオペで、娘を三人も育てていた母を改めて尊敬した。
(いったい、毎日どうしてたのだろう?)

それは、今もわからない(笑)

私だったら間違いなく死亡フラグが立っていただろう。
たったひとりの娘でもだ。

だけど、そんな私でも娘の「赤ちゃんの時間」に身をゆだねることができたのは、私よりもよっぽど母性的な旦那さんをちゃっかりゲットしていたからだ。

「何これ、超・美味しい!」

この世にこんなにうまい味噌汁を作れる男性がいるのか?

衝撃が走った数ヶ月後、私たちは結婚していた。
プロポーズらしいプロポーズもないまま入籍したが、今思えば「電撃・味噌汁婚」だったのかもしれない。

当時は味噌汁しかつくれない彼だったが、その後おだてまくり、京都の有名店「権○呂」にヒケを取らないほど美味しいうどんすきを作ってくれるほどにまで成長した。ナイス、わたし。

とにもかくにも、母親としてはかなり残念なスペックをもつ母を選んだ娘だったが、夜中に泣けば母性あふれる父がおむつ替えをしてくれた。

腹が減ったら、おっぱいだけはどうにかせねばならなかったが、
娘はやがて母が寝ていても、ペロンとめくって勝手に飲めるほどに成長した。

 ♪おっぱいのんで
  ねんねして
  だっこして
  おんぶして
  またあした♪

本当に「ゲンコツ山のたぬきさん」のような毎日。

娘の吐息と温もりを感じるだけで、生まれるって、生きているって、
こんなに幸せだったんだ。そう感じた。


  生きてるのは
  ちっとも当たり前じゃないよ

  今、誰かと一緒にいるのは、
  奇跡の連続だ

今までどこか人ごとのように通り過ぎていたこんな言葉たちが、娘の温もりとともにはじめて自分に寄り添っている気がする。

そんな「げんこつ山のたぬきさん」のような毎日を抱きしめていられるのは、「育休」というありがたい制度のおかげだった。

けれども、娘がすくすくと成長していくその姿を見ているうちに私はある「問い」に向き合わざるを得なくなっていったのだった。

第二話につづく

◆第二話以降のリンク

◆このストーリーをnoteに公開した理由


#創作大賞2023 #お仕事小説部門

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