ヤマブキ ユカリ

もの書きトレーニング お題で短文を書きます

ヤマブキ ユカリ

もの書きトレーニング お題で短文を書きます

最近の記事

お題「雨」ショート

カーナビの中で横並びにカエルが傘をさしている。 「カエルくんの帰り時天気予報♪ 雨続きで夕方まで雨の模様です」 どうやら今週いっぱいは雨が降り続くらしい。 窓から空を覗けば鉛色の曇天が広がっていてぽつぽつと地面を濡らし始めた。 これから東名高速を駆け抜け、150km先の取引先まで急ぎ向かわなくてはならない。部下の不手際で先方を怒らせてしまい、手土産を持って頭を下げに行く。サラリーマンだから仕方がないが、やはり天候も悪ければ幸先が良いなどと思えず、思わずため息がこぼれる

    • お題「クッキー」ショート

      「なにか甘いものが食べたいなぁ」 「うーん、チョコっていう気持ちじゃないけど、こうサクッとした・・」 点滴と消毒の無機質なにおいと、窓から運ばれる優しい薄紅の花の香り、昼食の独特なにおい、何故かちぐはぐな光景の中いつもと変わらない笑顔で彼女はそうつぶやいた。 「えっ、お菓子が食べたいってこと?それは・・・いいの?」 持ってきたガーベラのプリザーブドフラワーを袋から出して机に飾る。黄色と白の花びらが仲良く隣り合っている。本当は生花がよかったのだが、店員さんに聞いてこれに

      • お題「春眠」ショート

        春眠暁を覚えず。 今も昔も春というものは眠りにつくのに最適な季節だ。 まるでこれから仕事に行かなければならないなど誰が考えようか。 処処啼鳥を聞く。 うつらうつらしながら奏でる小鳥の声を聴くのは幸せだ。 間違いでなければこれは目覚めの音(目覚ましの音)か? 夜来風雨の声。 昨晩は雨や風が強かった。 残業続きの私の心はまるで雷鳴轟く暴風雨のように荒れている。 花落つること知る多少。 どれくらい花が落ちてしまったのだろう。 繰り返す日常の中で、何か大切なもの

        • お題「同姓同名」ショート

          俺の名前は山田太郎。よくある、ありふれた、個性のない、なぜかお手本の書き方になりやすい、かろうじてよく言えば覚えやすい名前だ。両親になぜこの名前にしたのかと聞けば、長男だし、というなんとも「よくある」理由で、長男なら一郎が筋じゃないか、と幼いながらにも口をへの字に曲げた記憶がある。友人に城ケ崎 勝、というカッコいい名前でスポーツ万能・頭脳明晰、内面も申し分なく俺にとってはコンプレックスの塊のような奴がいた。俺はありふれた名前でありふれた人間だった。 「なぁ、これ読んでみろよ

        お題「雨」ショート

          お題「月がなかったら」ショート

          「ねぇ、月がなかったらどうなるか知ってる?」 土曜日の午後、けだるげな陽気に包まれながら紅茶とチーズケーキを頬張る。ウッド調で柔らかな雰囲気の都内の隠し家カフェは彼がチョイスしてくれた。客入りもまばらでゆったりできる。 「んー確か、隕石がたくさん地球に降ってくるんだっけ?」 アップルティーがほのかに甘く、好みに合っていた。 彼は大学で博士号を取った後学芸員となり、都内の博物館で働いている。私は彼のうんちくを聞くのが好きだった。紅茶が好きな私に「紅茶のオレンジペコは風味

          お題「月がなかったら」ショート

          お題「授業の始まり」ショート

          授業と授業の間の休み時間。 10分しかない片時の休み時間だが、そこではあらゆる「ドラマ」が存在する。 この2年2組の教室を見渡してみる。 ある人は古典の授業の予習をしていて、スマホ片手に辞典を繰る人。 昨日のお笑いの動画配信について机越しで語り合うグループ。 我先にとお昼の弁当を頬張って、授業後食堂ダッシュを決意している人。 昨日夜更かししすぎたのか、机にひれ伏して爆睡している人。 窓際ではくだらない冗談を言い合ってはしゃいでいる男子グループ。 静かに本を読み

          お題「授業の始まり」ショート

          お題「新生活」「私になれる場所」ショート

          新しい場所はいつもキラキラする。 自分の中で新しい回路が張り巡らされる、あの瞬間が好きだ。 知らない抜け道を探しに歩くのも好き。 角を曲がれば素敵な喫茶店に出会えるかもしれない。 そして今日から私はこの新天地でキラキラを見つけに行く。 初めて見る景色は日ごと色合いを変えて はじめつかんだ感触と別のものへと変化してしまう。 これからこの土地も私にとってなじみのある風景へと変わっていくのだろう。 そして今は見知らぬ人と出会い、化学変化を起こして 新しい私を発見で

          お題「新生活」「私になれる場所」ショート

          お題「風邪」ショート

          娘は昔から風邪引きだった。 子供は風の子とはよく言われる言葉だが、ことうちの娘に関してはあまり当てはまらない。 熱で苦しそうに眠っているわが子を見つめながらおでこに手をやりそっとなでる。 おかゆを作らなければ、と思った。 それも娘が大好きな、たまごほうれん草がゆを。 静かに音をたてないように腰を上げ、ゆっくり寝室から出る。 ガタンと音が鳴らないように娘の様子を見ながら扉をそーっと閉める。 卵を溶き、ほうれん草を鍋に入れ沸騰させて灰汁抜きをする。 母親から聞いた

          お題「風邪」ショート

          お題「夏」ショート

          「あー夏休みなのによりによって補講かよ」 冷房がガンガンに効いた教室で、シャーペンを滑らせながらそれを聞く。 「そういったってお前、早く片付けてしまえよ」 「いやぁな、だって五点足りなかっただけだぜ?」 「点数調整できないのも実力のうち。ほら、消しカス飛ばすな」 至極可哀そうなことに期末試験で点数が足りなかった友人は 補講の課題を終わらせるために、ぶつくさ言いながらノートに目線を落としていく。 「てか教える相手が俺でよかったの?みつあみちゃんも補講だったぜ」

          お題「夏」ショート

          お題「新月は何も見えない」ショート

          新月は何も見えない。 真冬の凍てつく空気より少し緩んだ夜風を感じながら 足任せにゆったりと散歩していた。 月明かりがないおかげか 夜の木々たちも隠れるように潜んでいる。 昼間の喧騒とは大違いに街は暗闇に紛れている。 ただ動いているのはただ自分ひとり、 夜道を照らす相棒さえ今日は眠りについている。 あぁ、いいなあ。 暗闇の中に自分ひとりだけの存在をかみしめることは。 時間がたつとこの贅沢な暗闇も、誰や彼やの昼間になる。 今はただ、この甘美で静寂なる夜を楽し

          お題「新月は何も見えない」ショート