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特定社労士の立場からの労使トラブル解決業務の業務ごとの難易度

私はこれまで、労使トラブル解決業務を、労使どちらからの依頼にも関わらずに受けて行ってきました。とは言っても圧倒的に多いのは労働者からの依頼で、使用者からの依頼は数えるほどしかありません。労働者からの依頼で解決に至らなかった案件、つまり会社から解決金の支払いを受けることができなかった案件は数件で、あとは解決金の多寡はありますが、すべて会社から解決金を支払ってもらうことを内容とする和解によって解決に至っています。

労働者からの労使トラブル解決に係る業務の依頼で多かったものは、解雇等と残業代等賃金の未払いに関するものです。解雇等には、採用内定取消しと使用者による契約更新拒絶(=雇止め)が1件ずつあるほか懲戒解雇が2件、他はすべていわゆる普通解雇です。解雇と未払い賃金に関する案件の他にはパワハラを理由とする損害賠償請求が数件あります。

労働者からの依頼に応じるか否かの判断は、訴訟でいうところのいわゆる請求原因があるかどうかを見て、請求原因があれば依頼に応じるということになるので、依頼に応じた時点で一定の成功報酬を期待できます。もちろん依頼に応じた時点で着手金をお支払いいただくのですが、正直なところ、着手金だけでは利益につながらない、つまり変動費と、販管費といった固定費で消えてしまうと考えているので、儲けを生み出せません。なので、成功報酬を期待できるのかという点が依頼に応じることができるかどうかの一番の判断要素ということになります。

対して会社からの依頼については、労働者がその会社に対して何らかの請求を行っており、その解決のために会社が私に依頼するということになるので、成功報酬を期待できません。といいますか、そもそも私は、会社からの依頼は、いかに労働者からの請求に対して会社の労働者に対する支払いを抑えることができるのか、ということが仕事の成果であるところ、通常はどんなに頑張っても、会社の労働者に対する解決金の支払いを0にすることはできないので、業務の着手時に着手金のみを一時に支払っていただくこととして、成功報酬は設定していません。

労使トラブル解決業務で私が一番好きなもの、ということは一番「楽」なものは、労働者からの解雇に関する業務です。労働者からの解雇に関する相談で、解雇の事実がはっきりしているもの、つまり解雇通知書があるとか、解雇理由証明書がある、離職票の離職理由が解雇で処理されている、という場合には、解雇理由に多少労働者に非があるとしても、労働者が依頼したいということであれば、私は原則依頼に応じています。

解雇の場合、労働者から会社に求めるもの(訴訟でいうところの「請求の趣旨」)は、通常、労働契約上の権利を有する地位の確認と解雇期間中の賃金の支払いです。そしてその理由として主張すべきは、労働契約の成立の事実(当事者や業務内容、賃金等)、解雇されたこと、解雇が無効であることとそれを根拠付ける事実です。立証すべきは、解雇の事実と解雇前3ヶ月分程度の賃金額で、解雇無効を根拠付ける事実については、主張だけで足り立証までは必要ありません。なので、理由に関する記述が短くて済みかつ大した証拠も必要ないので、結果として書類の作成が楽なのです。

私は、特定社労士なので、労使トラブル解決については労働局か社労士会のあっせんを利用することが多いのですが、あっせん申請書又はあっせん手続申立書の作成については、裁判所の労働審判手続申立書に準じて作成するようにしています。したがって、証拠がある場合には、証拠説明書を作成して、証拠も甲第1号証から順に番号を付けて調整しています。これは万が一あっせんが打切られたときに、依頼した労働者が自身で裁判所に労働審判手続きを申立てたいという場合、私が作成したあっせんでの申立書等を労働者本人でちょっと修正すれば労働審判手続申立書として使えるからです。特定社労士としての私が作成したあっせん手続にかかる書類という成果物を、その後、依頼者である労働者がどのように使うのかはその依頼者である労働者の自由です。

それで、解雇無効にかかる地位確認や解雇期間中の賃金支払い請求のあっせんの申立書は、裁判所の訴状に準じたフォントで作成しても、3ページか多くても5ページ程度で仕上がります。

かつ、解雇が無効かどうかといった判断は、規範的な評価にかかるものですから、相対的に解雇が無効という場合は当然、相対的に解雇が有効だという場合であっても、最終的な判断は訴訟の判決でしか確定できないので、紛争の早期解決というメリットという点から、会社が労働者に解決金を支払うこと、労働契約は解雇日に遡って終了すること、といった内容で合意(=労働局や社労士会のあっせんでは民法上の和解契約)や労働審判での調停(=裁判上の和解)することがほとんどです。私のこれまでの経験上も、内定取消しや、懲戒解雇、雇止めを含めて解雇に関してはすべて、会社から労働者に対して解決金を支払うことを内容とするあっせんでの合意または労働審判による調停で解決に至っています。

次に、楽ではないけれど、ほぼ確実に報酬が期待できる業務は、労働者から会社に対する残業代等未払い賃金の支払い請求です。これは訴訟物という観点からは労働契約上の賃金支払い請求権または労基法第37条に基づく残業手当支払い請求権ということになります。賃金支払い請求の場合、労働時間に関して一義的には労働者側で主張立証する必要があります。ただし、使用者には労働者に対する賃金債務があり、かつ賃金計算の基礎となる労働時間については使用者で管理することが労基法で義務付けられているので、感覚的には労働者側では労働時間について、"ある程度”の立証で足ります。なので、会社が労働時間をタイムカードで管理しているという場合には、労働者の手元にタイムカードの写し等がなくとも、とりあえず、労働者の手帳の記録や記憶に基づいて残業時間を算定して、これを基に残業代を計算して、とりあえず請求を会社にぶつける、労働者の請求に対して会社に異議がある場合には、会社側でタイムカードを開示していただければこちらで再計算する用意がありますよ、という態度で臨むことができます。会社が労働時間を管理していないとか、タイムカードの打刻については定時ですることを強制されていたけれど、実際には恒常的に残業していたという場合には、労働者側で労働時間について立証しなければならなくなり、そうなると難しくなるのですが、こういった場合であっても、依頼者である労働者がある程度譲歩しても良いと考えているのであれば、ほぼ解決に至ります。

もっとも、残業代等賃金の支払い請求は、請求する側でまず未払い賃金額を計算しなければならず、これが結構骨を折る作業となります。例えば消滅時効ぎりぎりまで遡って残業代を請求するような場合、エクセルで関数を組んで計算表を作成して、過去2年分の日々の始業終業時刻と毎月の残業代の計算の基礎に含める賃金額を入力して、一先ず毎月の未払い残業代の額を算出します。これを24か月分作成して最終的に24か月分の未払い残業代の額を合計して未払いの残業代がいくらですということを主張することになります。さらにトラックの運転手さんのように毎月の手当が複数あってこれがついたりつかなかったりしているような場合は、毎月の残業代の計算の基礎となる賃金表をさらに作成する必要が出てきて、入力作業が大変になります。

残業代の請求は骨を折る作業が多いのですが、これも確実に報酬に結びつくことがほとんどですので、依頼があれば断ることなく応じることになります。

解雇や残業代の請求などはほぼ確実に報酬が見込めるので、依頼があれば応じることがほとんどですが、パワハラを理由とする損害賠償請求は、依頼があってもまず断ることから入ることがほとんどです。その理由は、パワハラの事実については、会社は争ってくることがほとんどであり、そうすると労働者側で立証しなければならなくなるのですが、パワハラの事実を証明できる証拠がないことがほとんどです。そういったことを会社も分かっているからでしょうが、労働局や社労士会にパワハラを理由として損害賠償請求を求めるあっせんを申請あるいは申立をしても、会社があっせんに応じないことが多く、仮に応じたとしても、あっせん期日に会社が支払っても良いとする解決金の額が、労働者が期待する損害賠償額に届かないことがほとんどです。

パワハラを理由とする損害賠償請求に係るあっせんの書類作成にしても、あっせんを求める理由に関する記述が長くなってかつ締まりのない文書になりがちです。パワハラを理由とする損害賠償請求の訴訟物は、民法第709条の不法行為に基づく損害賠償請求権ですが、要件事実が、労働者の権利が使用者や上司等労働者に優越した立場にある者の故意や過失によって侵害されたこと、労働者に損害が発生していること、損害額、損害と加害行為との因果関係等で、原則としてこれらすべてを労働者側で主張して必要に応じて立証しなければならないので、どうしても記述が長くなります。そのうえ、証拠も不十分なことが多いのです。なので、労多くして益なしの結果になってしまいがちなのです。

パワハラの相談はたまにありますが、実際に解決を依頼したいという労働者に対しては、解決は難しいという話をして、それでもどうしてもという場合には、応じることにしています。もちろんこういった場合には着手金しか見込めませんので、赤字覚悟ということになります。

文責 社会保険労務士おくむらおふぃす 奥村隆信
http://e-roumukanri.link/



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