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柳原良平主義〜Ryohe IZM 08〜



親しみやすさを実現する手法

船を、人間のように描く

柳原良平の描く船は、堂々たる威風を感じさせるというより、親しみやすく可愛らしいものが多い。この親しみやすさはどこから来るのか? またその親しみやすさを、どうやって表現していたのか?

元・横浜みなと博物館館長の志澤政勝氏は、それをひと言で表現してくれた。

「変形されてますよね? つまり圧縮です」

柳原は、船に対して尋常ではない親しみを感じていたから、その気持ちを広く伝えるために、さまざまな手法を使ったのだと志澤氏は続ける。

「あるとおりに描くんじゃなくて、感じたとおりに描くんです。先生はいつも『船は鉄の塊だけど、私は生きてる人間のように考えている』っておっしゃっていました。子供の頃から船が好きでしょうがなかったから船の親しみやすさを多くの人に知ってほしいという願いがある。だからそういう描き方になる。どういう描き方になるのかというと、親しみやすさを込めるために、イラストレーションで言うと、例えば船に口をつけたり手足をつけたりした作品もありましたよね?」

圧縮がキーワード

船を擬人化した漫画のようなイラストレーションも、確かにあった。ただ擬人化は極端な例であり、擬人化しない、普通の(?)船の絵にも、暖かさや親しみやすさは共通して存在している。その手法について、さらに志澤氏に聞いてみる。

「船の全長を短く描いたりね。つまり圧縮です。アンクルトリスも圧縮ですよね。それ以外に空間も圧縮する」

アンクルトリスは2.5頭身。その”圧縮”が多くの人に親しまれた原因になったというのは納得だ。柳原が船の全長を短く描いていることは確かに見ればわかるが、それも船に親しみを感じさせる大きな原因になると志澤氏は言う。でも真意はそれだけでなく、その延長上にあるという。

伝えるために、必要な、簡潔さ

「先生は元々、広告デザイナー。つまり広告屋です。広告屋っていうのは、伝えたいメッセージを簡潔に消費者に届けなきゃいけない。しかも届けた上で商品を買ってもらわなきゃならない。そのためにどうするかっていうと、伝える対象は可能な限り簡潔に表現する。だからイラストレーションもそうなるんです」

確かにシンプルと言われればそのとおりだが、船の印象は少しも損なわれていないどころか、豪華客船からは優雅な印象が、貨物船からは実直でパワフルな印象が、それぞれ伝わってくる。

優れた作家の文章を読むと、しばしば書かれている文言以上の情報が一気に押し寄せることがある。俗に言う"行間"というやつだが、柳原の絵にもきっと行間を感じさせる何かがあるのだろう。

だから出港時の客船の絵からは歓声が聞こえ、大型貨物船の絵からはクレーンや鎖の錆びたような匂いが漂ってくる。もちろん錯覚だが、それがきっと優れた小説にある行間にあたるものであり、それが柳原作品が持つ独特の”凝縮感”につながるのだろう。

空間の圧縮とは

では、もうひとつ志澤氏が言った、長さだけでなく”空間も圧縮する”とはどういうことか。それは横浜マリタイムミュージアム(現・横浜みなと美術館)が発行した『企画展 船の画家 柳原良平』に掲載されたイラストレーター西村慶明氏の寄稿文にヒントがある。

西村氏が望遠レンズで撮った船の写真に、柳原が興味を示したのだという。柳原は、デフォルメされて面白い効果が出ていると言ったそうだ。望遠レンズで撮影された写真は、遠近感がなくなり、被写体から遠くにある背景が、ずっと近くに見える。

親しいカメラマンにも確認したが「望遠で何かを撮影すると、被写体の後ろの背景は、肉眼で見るより近く、つまり大きく写ります」とのことだった。志澤氏の言う”空間の圧縮”とはこのことで、つまり遠近感が圧縮されるということだ。

感じたとおりに描く

圧縮と簡潔さ、それが柳原作品を楽しむ際の鍵となる。しかしだからといって、船の全長を短く、ディテイルをシンプルに、そして遠近感を無くせば、あのような親しみの湧く絵が描けるかというと、そんな単純な話ではない。どこまで短くするか、どこを省略するかなど、それは柳原にしかないセンスでバランスが取られているからだ。

冒頭に紹介した、志澤氏の言う「あるとおりに描くんじゃなくて、感じたとおりに描く」が表すように、柳原にしかない感受性が、あのように描かせるのだろう。さらにそれを広告デザイナーならではのバランス感で作品として仕上げていく。

普段、何気なく見かける広告のポスターでも、たまに気になってずっと見てしまうものがある(セクシーな女性の写真以外に)。その背景にはきっと一流の広告デザイナーが、考えに考えたカラクリがあって、その手腕に踊らされているに違いない。広告、恐るべし。(以下次号)



※編注
「船キチ」という表現は「尋常ではない船マニア」といったニュアンスを表しています。柳原良平が自著の中で、主に自身に対して頻繁に使用している表現ですが、そこに差別や侮蔑の意図はまったく感じられません。従って本コラムでは、他の言葉に置き換えず、あえて「船キチ」という単語をそのまま使用しています。                                 

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ご協力いただいた方

● 志澤政勝(しざわ・まさかつ) 1978年、 横浜海洋科学博物館の学芸員となり、同館の理事を務   めていた柳原良平と出会う。交友は柳原が亡くなるまで続いた。以後、横浜マリタイムミュージアム(現・横浜みなと博物館)でキャリアを積み、2015年、館長に就任。2019年に退職し、現在は    海事史などを研究している。                                  

参考文献
・『船の画家 柳原良平』横浜マリタイムミュージアム(現・横浜みなと博物館)刊

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