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ブックオフ•キックオフ

最近ブックオフで本を3冊買った。

人生を豊かにするために本を読まないといけないことに気づいたからだ。

とはいえここ五年ほど読書と無縁だった僕にとって本選びはとても難しかった。

タイトルから選ぼうにも、単色の背表紙に並ぶタイトルは
『愛憎』『狐』『証人』『ドライヴ』など...

手に取って表紙を見ても
知らない人の顔とか、知らない街のイラストとか、光を浴びる謎の彫刻とか。

情報性がほとんどない
これがYouTubeのサムネだったら再生回数10回いかないだろう。

本よ、初見に厳しすぎないか。
せめて背表紙にでも
#家族愛 #人死ぬ系 #大どんでん返し
とかタグをつけてくれ。

ツルツルの大理石でボルダリングをしているかのように手探りで本を選ぶ僕は
『本を選ぶのに困った人が読む本』があれば迷わず手に取っていただろう。

そもそも小説を読むべきか自己啓発本を読むべきか、人生を豊かにするためになにを読むべきかも分からず1時間ほど悩んだ結果、
エッセイを3冊買った。

人生がすでに豊かな人の経験を取り入れて、その視点をジャックしようという単純な魂胆だ。

買った本は
ハライチ岩井さんの『僕の人生には事件が起きない』
ブラックマヨネーズ吉田さんの『黒いマヨネーズ』
白井健策さんの『天声人語の七年』

3冊買った理由は、できるだけ離れた感性を同時に取り入れたかったからだ。

岩井さんは日常を面白く見る感性を
吉田さんはひねくれきった心の感性を
白井さんは知識と知性に由来する感性を

これらをいっきに取り入れれば僕もきっと人生が豊かになるだろう。

本当に差をつけるために
コムドットやまとさんの『聖域』という本に手を伸ばしかけたが、正気に戻って辞めた。

著者からしたら自分の本を中古で買われることなんてなにも嬉しくないと思うが、
なにぶんお金がないもので、人生が豊かになったら新品で買わせていただきたい。


そしてついさっきまで3冊を少しずつゆっくり読んでいた。

少し立ち読みしてから買ったので当然だがどれも面白い。

岩井さんの本はハライチのターンというラジオがそもそもめっちゃ好きなので、その時聞いたエピソードが活字になることで新たな笑いどころを提供してもらえる。

吉田さんの本は普通の人ならしないことを当たり前のようにしていて、それを異常だと思っていない生き方が面白い。

白井さんの本は朝日新聞の天声人語というコラムを七年書いた方の本なのだが、さすが知識が広く深く、それでいて言葉選びがとても丁寧で分かりやすくスラスラ入ってくる。

一気に読むと楽しみが減るので少しずつ読むことにして、
3冊目の『天声人語の七年』をこの辺りでやめようか、それとも次の見出しまで読もうかと迷っていた。

次の見出しまで何ページあるか確認してそのページ数次第で考えよう。
そう思ってページを捲ると、3ページ先に次の見出しはあったのだが、

そのページの右上に小さい三角の折り目をみつけた。

いわゆるドッグイヤーというものだ。
前の持ち主がしおりの代わりに折ったのだ。

前の人は、この本を僕が読むのを辞めようとしたページの3ページ先で辞めたということになる。

なんだろう。
僕が今読むのを辞めてしまうと、どうも前の持ち主に負けたような気持ちになってくる。

『天声人語の七年』というタイトル、読むのは50代くらいのおじさんである確率が高い。

最寄りのブックオフで買ったので僕と最寄りが同じおじさんだろう。

おととい、電車で最寄り駅に着いた瞬間に、僕も降りるというのに後ろからやたら押してきたおじさんがいた。イラっとした。
僕はそのおじさんに負けたことになるのかもしれない。

いや、この本を読むおじさんはもっと道徳的か。
ならどのおじさんか分からない。
どのおじさんかも分からないおじさんに負けているのが一番怖い。

ここで辞めたら、いつ初対面のおじさんに後ろから声をかけられて
「君まだそこまでしか読んでないんだ😆(笑)
もしかして本読むの苦手カナ❓❓😆」
とマウントを取られても言い返せない状態になってしまう。

「いや別に読むのが早いからって偉いわけじゃないですし僕はあなたより読み方が丁寧なだけなんですけど。」

と早口で言い訳したとしても、心の奥底で生まれた敗北感は拭えないだろう。

仕方ない。
僕はおじさんに負けないよう、
彼のおったドッグイヤーまでの3ページを
ただ文字を追いながら大急ぎで読み切った。

これのなにが読み方が丁寧か。

なにはともあれ一応おじさんと並んだ僕は、
彼のおったドッグイヤーを一度広げてから、僕の手でもう一度折り曲げた。
今日のところは引き分けとしよう。

念の為残りのページをパラパラと捲ると
僕が恐れた通り数ページごとにドッグイヤーだらけだった。

これから僕にとって
『天声人語七年』を読むことは、
このおじさんとの戦いの記録になりそうである。

頭の中で、おじさんとの試合のキックオフの笛が鳴った。

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