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俳優に転身したおじいちゃんのこと

3時のおやつを食べ終えると 、正蔵おじいちゃんのお芝居が始まる。会社員をクビになって見ず知らずの女の家で住み込みで働く召し使いという役を、本格的なボケが始まった3年前から一途に演じている。

会社に行ってくると言い残し、サンダルをつっかけて庭へ。「会社に入れてもらえない、困った」と慌てて戻ってくる。本当に困った声。ここからが本番。

「ここで働かせてください、なんでもします」と言って、おばあちゃん(見ず知らずの女役)に土下座。「なんもしなくていいの、もう十分たくさん働いたんだから、あとは年金でのんびり暮らせばいいのよ」と呆れ口調で応じてあげるおばあちゃん。

この台詞には耳を貸さず、「草むしりでも便所掃除でも布団干しでもなんでもします」と畳み掛け。どうやらご飯のことを心配しているので、おばあちゃんはすぐそばの冷蔵庫を開いて見せてあげる。「こんなに、食べものがいっぱい詰まってるでしょ」

「そんなのいつなくなるかわからない」と今にも泣き出しそうな声。戦時中の記憶が残っているのかもしれない。さっき一緒に食べたチョコレートケーキとムーミンのビスケットのことはすっかり忘れちゃったみたいだけど。

「なくなっても、なつきちゃん(私)がまたおやつを持って遊びにきてくれるから大丈夫よ」というおばあちゃんの台詞を受けて、初めてわたしの存在に気付いたみたいに目を見開く。至近距離で見つめながら「やっぱり、若くてかわいい人(うれしい!!)を見ると気が張るもんだ。こんな田舎だけど、また来てね」と言ってくれる。何十回も聞いた言葉。うんうん、また会いに来るから、大丈夫だよ。だから、行方をくらます認知症高齢者にだけはなっちゃだめだよ。

「正蔵さんは、立派に働いてくれた、この家の大蔵大臣(かっこいい)なんだから。もっと堂々としてればいいのよ」と、おばあちゃんの決め台詞。この台詞がきた辺りでだいたいバスの時間になる。

おばあちゃんだけ外に出てきて、曲がり角で私が見えなくなるまでずっと手を振ってくれる。今日は「早くいいお勤め先が決まるといいわね」の一言も一緒だった。

おじいちゃんは難しいかもだから、おばあちゃんだけでもいつかドイツに連れて行ってあげたいな。
おじいちゃんには、このくらいのレベルのかわいいぼけを纏った元気な俳優のままでいてほしいものです。

道中、心の中で1Q84のふかえりと天吾になれます

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