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April in Paris モツ煮と灰色ワイン

Charlie Parker with Strings (1949)

「4月のパリ」。ジャズのアルト・サックスのチャーリー・パーカーが、小編成のオーケストラの弦楽器の伴奏をバックにスタンダード曲のメロディを吹くだけの企画。当時ヒットして、その後もずっとジャズファンにも愛された演奏。

メロディだけなのに、パーカーの演奏はなんとも自由自在に、フェイクやらオブリガートやらクロマティックに音符をひらひらつけて、素早い音符をところどころ飲み込んでシンコペートさせて、さながら春の空を舞う鳥のように流れる。優雅だなあ。

4月の今頃は、感染危機があっても、きっとあの街は春めいて、この曲みたいな穏やかでゆったりした時間が流れているんだと信じたい。April in Paris。

90年代に一度、4月のパリに行ったことがあった。

知り合いが留学していて何年か住んでいて、それを訪ねていって、ひたすら、美味いもの食べては街を歩いて腹ごなししてまた食べることを繰り返した。

当時の愛読書に開高健の「最後の晩餐」という食のエッセイ集があって、そこにパリで食べたトリッパ(胃袋)料理の話がでていた。それで、その文庫本を持っていって、ここ行きたいなと知り合いに頼んだ。

開高健「最後の晩餐」より

..... ある 年 の 夏 の パリ で、 おなじみ の カン 風 トリップ( 胃袋 の 煮込み) を 食べ た。..... たしか、 アンリ 四 世 橋 の 近く だっ た と 思う が、 セーヌ 川 の 胸壁 に 直面 し て 一軒 の 小さな レストラン が あり、 そこ では 胃袋 の 煮込み を 田舎 風 に 小さな 壺 に 入れ て だし て くれ た。 こってり と 使いこん だ 火 と 汚 み と 手沢 で 光っ た 壺 から 胃袋 を フォーク に ひっかけ て 皿 に 移し て 食べる ので ある。 品 の いい、 初老 の、 長身 で 白髪 の 経営者 が、 ニコニコ 笑い ながら 出 て き て、 ぶどう酒 を すすめる。 これ が ヴァン・グリ で、 直訳 すれ ば〝 灰色 の ぶどう酒〟 という こと に なる けれど、 灰色 でも 何 でも ない 白 ぶどう酒 の 一種 で ある。 ただ 彼 の 故郷 ではヴァン・グリ と 呼ぶ 習慣 に なっ て い て、 牛 の 胃袋 の 煮込み には きっと それ を 飲む という のが 習慣 に なっ て いる の だ そう で ある。  開高 健. 最後の晩餐 (文春文庫 か 1-5) 文藝春秋. Kindle Edition.

手がかりは、アンリ4世橋、別名ポン・ヌフ、ポンが橋でヌフが新しいだからつまり新橋、そのの近くだということと、セーヌの胸壁に面した小さなレストランだ、というだけ。そしてそこではカン風胃袋の煮込みを出しているという事。

そのエッセイが書かれたのは、「諸君!」という雑誌に昭和52年から54年まで連載とあるので、1970年代の終わりで、その時の90年代からしても10年以上前。こりゃ、無茶振りだとは思ったが、その知り合いととりあえず腹をすかせて、夕方にポン・ヌフをめざした。

細かいことはすっかり忘れてしまったが、その90年代前半のある年の4月に、ポン・ヌフの近くにあった小さなビストロで、無事にトリップ(胃袋)の煮込みと、バン・グリッという灰色という名前の白ワインにありつくことができた。

今思うと奇跡的。もしかすると、エッセイとは違う店だったかもしれない。でも、胃袋煮込み食ってバン・グリッ飲んだのは確かな思い出。とても美味で、酒もおいしく、今思い出してもニヤリとしてしまいそうな、素晴らしい思い出。とても遠くなってしまった思い出ではあるが。

カン風というので、いまのいままでカンヌの料理かとおもっていたが、この胃袋煮込みはいま調べたらパリから北の方に行ったノルマンディのカン(Caen)という街の名物だという。これも危うい記憶だが、そのポン・ヌフ界隈のビストロは、たしか、ペリゴール料理の店と書いてあった気がする。当時、そうかペリゴールの名物が胃袋煮込みかと記憶に残していた。今、ペリゴールは調べると、南のボルドーの方、フォアグラで有名とある。北のカンとは全然違う地方。

なんとも狐につままれたような気分だが、たしかに、あの小さな店には、トリップ煮込み料理があった。味はこってりしてて、胃袋自体はトマトの旨みのソースで煮込んであったが噛みごたえがしっかりあって、その頃食べたフランス料理の中でもとびきり美味い飯だった。この経験のおかげで、ラテン系(特に、フランス、イタリア、スペインあたり)の内臓系煮込み料理はうまいという法則をたてたが、今まではずれたことはない。

僕がバン・グリッ(灰色ワイン)を所望したら、おやじがニコニコとボトルを持ってきて注いでくれた。種明かしして、こんなエッセイがあってこの店にたどり着いた、この日本の文豪によるとやっぱりトリップはバン・グリッじゃないとねあるんですと知り合いに言うとフランス語に訳してくれたが、おじさんは笑って頷いていた。それで、今の今まで、あれはペリゴールの名物のトリップ煮込みとバン・グリッと思っていた。

これって、今思うと、日本を訪問した外人が新橋界隈の割烹かなんかに行って、ちょっとマイナーな郷土料理、たとえばしょっつる鍋かなんか頼んだら、その店はとくに秋田料理の店じゃないんだがなんでも対応できちゃって、がんばっちゃって美味いしょっつる鍋だして、外人さんが、秋田の地酒は?と言ったら店に秋田のうまい地酒がたまたまあったというようなことだったか?たまたま入ったビストロが、南部ペリゴール料理屋だったのだがカン風胃袋煮込みもやっていた?

いまはもう謎だらけの4月のパリの思い出。知人とも音信不通になってしまってはや20年以上。当時、アラサーの独身だった自分の未熟さバカさが、甘酸っぱい感じの記憶として蘇ってくる。でも、メシ的にはえらく美味いものだらけだったパリ。同い年だった彼女はどこでどうしているやら。モツ煮と共に懐かしく、忘れがたい遠い思い出。

(タイトル写真は、Note Galleryからパリで検索してでてきた、ほんまもののパリの春の風景を拝借。とても美しい写真、ありがとうございます)






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