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小説「ユア・アイリッシュ・パブ」後日譚

ぶぅん。

ロンドンに出張中のシンイチの携帯のインスタにメッセージが飛び込んでくる。

「えええええ、シンちゃん、ロンドンいるの?俺も昨日リバプールからロンドン入り。いつまで?」

懐かしい人からのメッセージだと、シンイチはまず思う。コロナで京都のパブを店じまいしたのが2020年の7月だからもう3年会っていなかった。ちょうど自分が昨夜インスタにアップしたロンドンの街並みの写真に反応したのか。

「マルさんも、イギリス!? You は何しにイギリスへ?私しゃ、明日金曜日の夜便で戻り」

「あれこれいろいろでね。じゃあ明日昼からパブ巡りしようよ。12時キンクロのオニールでどう?」

「キンクロ?」

「キンクロっていえば、King Crossよ。キンクロで金曜日パブ、金パブ」

「キンクロ・キンパブ、了解!」

かくして、かつての京都のパブ・プロジェクトの同士が、期せずしてパブの本場のひとつロンドンで邂逅することとなる。そんなパブ繁盛記後日譚(未読の方は末尾にリンクです)。

地下鉄を乗り継いで、Brexitしてしまった英国を大陸につないでいるユーロスターの発着駅である、ハリーポッターでも有名なキングクロス駅の真ん前にあるパブ O'Neill'sのドアをシンイチが開けると、テーブルに座ったマルが既にパイントを前に携帯をいじっていた。

「マルさん、おひさしぶりぶり。すごい偶然ですね」

「おー、久しぶり。3年みないとちょっと老けたね。あ、お互いか。俺、フランスとドイツ経由で今週月曜からイギリス」

「マルさんはユーミンと同い年だから、また次の大台が近いですよね」

「そうそう、コキコキ、手コキ足コキ、来年はアラ古希よ」

「あいかわらずリズミカルな駄洒落が冴えてますね。まあ僕も還暦越えですよ。仕事でドイツとイギリスなんです。先週デュッセルからアムス経由でロンドンに」

「えー、ニアミスだね。こっちは、あの覚えてる?シンガポールにいたニュージーランド人のおばちゃん、彼女がノルマンディのほうの村の農家買ってリノベしてて遊びに来ないかっていうんで、なんとナント、2週間もその村にいたんだよ。それで、イギリスは学生時代のバンドメンバーがずっと30年すんでいるのに会いにきた。ついでにやっぱイギリスきたら拝みにいかないととおもってリバプールいってペニーレーンとかいってさ、昨日はロンドンのEMIスタジオ前のアビーロードの歩道でパチリよ」

そういって、携帯の写真をみせる。そこにはあのビートルズのアルバムジャケットで有名な歩道が映っていた。

「ニュージーランドの彼女、あのブロンドのバツイチの絵描きさんでしたよね?」

「そうそう。彼女、農家を買って改築して、AirBNBとカフェやってるんだよ。超田舎だけど。遊びに来いっていうんで、俺、すぐ飛んできちゃったよ。そこのカフェで、日本から来た有名な寿司シェフという振れ込みで、なんとナント、1週間毎晩寿司握ってたんだよ」

「え、マルさんが寿司?」

「それが大好評でさ。村人みんな来た感じ。みんな美味いって大喜び」

「あいかわらず、コキコキでもパワー衰えないですね(笑)」

「それがさ。さすがに周りで同世代のやつが死んだりの訃報をきくことが多くなってさ、持病の糖尿やら高血圧やらもあって、俺、あと何年かで死ぬんじゃないかと思ってさ。それで考えた。自分の人生で大事だった人にはなるべく会っておこうって」

「へえ、かつての恋人の顔を拝みに巡礼の旅ですか」

「巡礼、いいこというねえ、シンちゃん。そうなんだよ。じつは喧嘩別れしてたやつとかいたんだけどそのまま死に別れちゃだめだと思って、思い切って謝るメール書いたらさ、気にしてないよとか返事がきて、それから何回か一緒に飲みに行ってさ、仲直りよ」

「ヨーロッパは昔の思い出の女性たちとの再会旅行。ノルマンディから、パリに行ってタイ人の元カノとあったり、ロンドンはもとバンドのボーカルの女性、あ、ドイツも日本で知り合ったロシア人との再会ね」

「ははは、参りました」と、シンイチは冷えた Punk IPAを飲み干す。

「そういえば、京都のパブですけど、こないだ京都出張があって前を通ったら花屋になってましたね。あそこらへん、また外人たくさん来てますよ」

「そうだろそうだろ。コンセプトは当たってたんだ。外人は寿司・酒を求めて日本にくるけど、休暇でくるから毎日サケだけというわけじゃなく、ちょっとパブで一杯やりたくなる」

「冷えたタップ・ビアーとワーホリ外人のウエイトレス、晴れた日にはテラス席、ですよね?」

「よくわかってるねえ。ほら、みてみろよ、こんなロンドンの気温5度くらいで外は風で寒いのに、テラス席でビール飲んでるだろ。これなんだよねパブは」

「たしかに。でも、今回わかってちょっと悲しかったのは、けっこうパブがチェーン店化してて、同じ名前のパブがあって、そのチェーンのビールとかを扱ってますよね。さっきなんて、アイリッシュコーヒーある?ってきいたら、コーヒーとウィスキーはあるから、それ頼んでまぜたらどうかだって。こっちとしては混ぜてくれたのをアイリッシュコーヒーとして出してほしいんですが、マニュアルどおりメニューどおりの対応」

「へえーそうなんだ。でもここオニールははやってるし、ここのフィッシュアンドチップスなんてカリッとサクッとして美味いんだよね。生ビールも10くらいタップがあっていい感じ」

「たしかに近代的できれいで気持ちはいいですよねここ。そういえば、マルさん、熊野古道ってしってます?」

「あの和歌山の山道だろ?お遍路さんみたいな?」

「そうそう。お遍路さんは四国ですけど、熊野の神社をいくつかつないだ巡礼の道。じつは先月ちょっと行ってみたんですけど、噂通り、道行く人の7割が外人。たまたま泊まった田辺っている巡礼の起点みたいな町の宿が、なんと1階がパブなんですよ。それで夜オーナーがバーテンしてたんで話したら、我々の京都プロジェクトと同じころに始めて、2019年秋のラグビーワールドカップで大盛況、そのまま行くと思ったらコロナでバタン。うちもそうでした!と意気投合しちゃいましたよ」

「へえー、でもそこは生き残ってまだやってるということか」

「そうなんですよね。宿は満室、パブも夜は盛況でした。外人で、山歩き好きだったり、京都あたりの混雑が大嫌いだったり、あるいは巡礼ファンというかスペインのカミーノを走破した次としてこの日本のクマノがブームになってるらしいですよ。サンチアゴデコンポステーラと田辺市がジョイントで走破証明だしたりもしているらしいです」

「あーあ、我々も生き残っていたらそういう展開ありえたなあ。まあ京都とか和歌山とくらべたらなんでも高くて初期投資やサバイバルコストが全然違うけどな。

実は、いまいくつかおもしろいアイデアあってさ、みんなインバウンドがらみなんだけど、xxxxを東京でやったり、yyyyを旅行会社に提案してこっちがお膳立てするからやりましょうって動いてたり」

「それ、おもしろい。アラコキ、全然パワー衰えてないですね!」

「まあ、一方で死ぬかもしれんから巡礼の旅してるけどな。この旅も、今年アメリカいったし欧州もきちゃったし、来年オーストラリアにいくので完了かな。それでポクッといっちゃうかもね、俺」

「なにをおっしゃるウサギさん。そんなこと言ってながら精力的に動いてる人はなかなか死なないことになってるようですよ。次、なににします?またギネス?ここのIPA美味いですよ」

「じゃあIPAにしてみるかな。おんなじやつ、パイントでね。またフィッシュアンドチップスも食べようかな」

「了解!行ってきます、テーブル16番でしたね、では」

結局、パブを3つはしご。シンイチはあやうくフライトを逃すところであった。 

この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとはこれっぽっちも関係ありません。



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