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サカパというグアテマラのラム酒

役得、というのが時々あると嬉しくなる。

それは取引先に接待されてウホホというようなのではなくて、ひょんな経緯からいいものを、ごく正当にもらっちゃったりすること。

2週間ほど前に、あるレストラン新規立ち上げのコンサルの仕事の一環として、残念ながらコロナで閉鎖のレストランの、在庫を買い取るというのを手伝った。

栓を開けてない状態のいい酒類とか、きれいなグラスとか、どうせあと1週間で業者が来て捨ててしまうものというのを買い取らせてもらった。そのときに、そこはイタリアンレストランだったんだが、食前酒・食後酒系のボトルで栓があいているのが30本くらいあった。

クライエントが、栓が空いたのはいらないから、興味ある人は持ってってください、というので、さっとみたなかに、このラム酒のボトルがあった。まだ7割ほど入っている。ラム酒だし悪くなるものでもないし。ありがたくいただいた。

家に帰ってのんでびっくり。うまい。ラベルをみてもっと驚く。グアテマラ産の高級ラム酒。

さっそくグーグルすると、日本語サイトがちゃんとあった。

へえ、たしかに、中米を旅行したとき、サトウキビ畑が結構あった。メキシコのバカルディとかキューバのムラータとか、ベネズエラも濃い茶色の寝かせて美味くなったやつがあったっけ。ラムはきらいでない。

念の為、このサカパという地名を地図で調べて、またびっくり。ここ、旅行のときに近くを通ったことあるかもな。

というのは、学生の最後の旅行で中米を2ヶ月うろうろしたときに、グアテマラからホンジュラスへは陸路下って、首都グアテマラシティから国境のホンジュラス側のコパンというマヤ文化の遺跡を訪ねてから、ホンジュラスの首都テグシガルパへと行った。地図をみるかぎり、このサカパの山間の場所は、その間にあるみたいである。

もう30年以上前、おんぼろバスでの移動だった。たしか、昭和30年代とかに日本でもまだあった、前にエンジンがでっぱってついていたバス。荷物はバスの屋根にのせるタイプで、市街地以外は屋根の上に乗ってもいいということで、一部は屋根の上に乗って移動したっけ。中米は、緑があざやかな山が連なっていて、牧歌的でのんびりしていた。当時は、ニカラグアとかエルサルバドルのあたりはきな臭かったが。

朝方の山間部の移動では、山にうっすら霧がかかっていてきれいだった。民族衣装の現地の人たちがバスに乗っていた。あるとき、虹が窓のそとに見えたので、指を指して「コモ・セ・リャマ?(何ていうんですか?)」と聞くと、隣に座った、あざやかな色の民族衣装を来た10代の女の子がはにかみながら「アルコ・イリス」と答える。それで、虹はアルコ・イリスだと覚えた。こうやって覚えた言葉は想い出と共に一生忘れない。

テグシガルパといえば、アホな思い出があり。グアテマラシティで航空会社のオフィスに行って、当時はニカラグアやエルサルバドルは内戦があって旅行が難しかったのでホンジュラスからコスタリカへと飛行機で飛ぶべく、「ホンジュラス・コスタリカ間のフライト」を予約に行った。

「テグシガルパからサンホセならこのフライトですね」と言う。僕は、「ノーノー。ホンジュラスの首都からコスタリカの首都へと飛びたいんです。あ、サンホセはコスタリカの首都か。じゃあ、サンホセ行きはいいとして、そのテグシなんとかという怪獣みたいな街じゃなくて、ホンジュラス市から飛びたいんです」とお願いする。

すったもんだの末に地図をみせられると、テグシガルパがホンジュラスの真ん中に大都市然としてあるのがわかる。あ、テグシなんとかは首都だったのか。

さて、このラム酒だが、ぶどうが原料のスペインのシェリー酒の樽を多用した熟成を研究して、サトウキビ原料のラムを標高2000メートル以上の山で樽で寝かせて味をつけて熟成しているという。さらにそれをブレンドしてできたのが、このロン・サカパ。

ウェブによれば、「甘いバタースコッチ、スパイスの効いたオーク、レーズン」の味。たしかに甘いが、甘ったるくなく、バターのようなこってり感がある。

いただいた6本くらいの、食前・食後酒は基本は甘いのが多く、辛口党の僕としてはいまひとつだったが、このラムはうまい。ちびちびいける。食後の楽しみとなった。イタリアのリモンチェーロという柑橘系爽やかなリキュールと、この濃厚なラムを食後にひとりちびちびやることを、ささやかな楽しみとして日々生きている今日この頃です。


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