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スローな「ジャイアント・ステップス」 時を経て見つけたマレーの虎の秘宝のような

Giant Steps (Alternate Version, Take 2, False Start)

最近、さっぱりJazzのCDを買ったりしてないのだが、最近の最大の収穫はANAの機内オーディオで聞くことができた、このGiant Stepsの”Alternate Take 2”(アルバムでは 13番目の曲)。

有名なTakeのほうは、難解なコードチェンジを高速でぐいぐいとドライブしていくソロが醍醐味。それがこのTakeでは、ちょっとゆっくりな演奏。有名なTakeしか聞いたことがない方はぜひ一度聴いてみてください。

マニラ在住の古い知り合いの日本人のI君は、学生時代に四谷のJazz喫茶でバイトしてたそうだが、そのいーぐるというJazz喫茶のオーナーがばりばりご健在でANAのJazzプログラムを監修しているとのこと。「飛行機のオーディオの選曲なので、万人受けするようなラインナップに見せかけて、密かに、かなーりマイナーな面白いのをいつもいくつかいれてますよ」とI君が言う。たしかに、春先に乗ったとき、1977年の渡辺貞夫の根室ライブ録音のLPがはいっていてそのマニアックさに驚いたのを思い出す。

話はそれるが、このI君というのは話が落語家みたいにおもしろくて、1年ぶりとかにあうと、近況報告がオチがついた小話のようでいつも楽しみなのだが、よく3人でいっしょに酒を飲む口が悪いT君とかは、「おまえ、ウケをねらって話のオチをつくっているんじゃないの」と笑いながらつっこんだりする。

何年か前も、フィリピンで有機農耕のコーヒー栽培のNGO活動にとりくんだとの話を聞いた。いろいろ苦労の末に立ち上げて、フィリピン人ひきつれて山あいの土地をたがやして苗を植えていたら、「戦時中のマレーの虎、山下将軍の秘宝を探し当てた日本人がいる」と噂がながれて、せっかく植えた苗がみんな村人に掘り起こされてしまって大失敗、その活動は断念、と。

「オチはマレーの虎か」と不謹慎ながら大笑いしたが、たぶんウケを狙ったわけじゃなくて、結構、世の中には人生に局面ごとに起承転結をつけながら自分も周りも納得させて前に進んでいる人間というのはいるんだとおもう。仮に本当はほかのプロジェクト実施でのいろいろ辛い障害があったのだとしても、「マレーの虎の秘宝と勘違いされた」ので断念というオチがなんともいい。I君も僕も自営業のようなものなので、人事部から下されるサラリーマンの人事移動・転勤と違って、プロジェクトに自分でなんらかの起承転結をつけて自分の中でけじめをつけてから次へ進まないといけない、というのもあるのかな。今度僕も仕事でくじけたら、「マレーの虎」級のウケる外的要因を探そう。

さて、Giant Stepsのほうだが、昔もっていたCDにはこのAlternate Takeははいっておらず冒頭のものだけだったと思う(たぶん。少なくとも僕のウォークマンには1バージョンしかいれてなかった。あったとしてももう1テイクか)。これが有名なTakeが聞けるリンク https://www.youtube.com/watch?v=30FTr6G53VU

この曲は、変態的に数小節毎にコロコロ変調していく構成で、有名な速いバージョンでのコルトレーンのアドリブソロは、罠が沢山仕掛けてあるスーパーマリオとかのかなり最後のほうの難易度の超高いステージで、うまく飛んだり跳ねたり逆立ちジャンプしながら、どんどんクリアして進んでいく感じ。ゲーセンでまわりに人だかりができる中で、自信満々にハードルをクリアしていくゲームプロのような(古いな。オンライン以前の時代の)。

間違って落とし穴にはまってしまわないか、キノコを踏んでしまわないか、はらはらさせられるが、有名なTakeではコルトレーンのテナーサックス・ソロはすべてちゃんとクリアして、それを一気にものすごいスピードで走りきってくれる。それくらい、この曲のコード進行は変態的。調性が2小節くらいごとに変わっていって、それらはとても高度な音楽理論に裏付けされているのだが、当時みなが驚いた革新的な曲。

それでばりばりアドリブを展開していくので凄いの一言なんだが、やはりとはいっても人間の脳の処理能力には限りがあるので、おそらく、コルトレーンさんはこの部分ならこういうのというフレーズを沢山練習してあって指もそれを覚えていて、アドリブTake毎にその引き出しから自在に繰り出してはつなげて即興演奏していたのではと想像。

全部が用意されていると、それは不自然な響き(やはりアドリブならではのつまづきや遅れがないと不自然)になるので、体の一部になったようなパーツを気分で組み合わせてどんどんだしてくるといった感じか。その場で他のミュージシャンに反応しながら臨機応変にアドリブしているというより、技を出し切って突っ走っている。ぐぐるとでてくると思うが、ピアニストのトミー・フラナガンは録音の直前にこの曲のコード進行を渡されて絶句、有名なTakeでの彼のアドリブは短くどうにか調性の中にとどまろうと試みた後は、アドリブをギブアップしてしまってコードだけ弾いてるような感じ。そりゃ、突然マリオをやったことない人に全部クリアしてみろというようなもので、無理でしょう。

曲は、力強くて、こちらが落ち込んでいても、やる気を鼓舞してくれる。昔のアフリカ大陸のどっかの部族同士の戦いで、士気をあげるための雄たけびの曲のような曲。

僕も、昔、いろいろ心がめげたときにお世話になった。20代、30代、人生にめげることは多々あるもので、人生励ましの曲は、人によっては美空ひばりでも、ブルース・スプリングスティーンでも、中島みゆきでも(例えが古いな。もとい、米津玄師とかあいみょんとか)、それぞれ密かにもっているものだろうけれど、僕にとってはこの速いGiant Stepsは、人生にめげたら聞く曲だった。

それで、先月の東京からシンガポールへと帰るANAの便でこれをみつけた。

ちょっと出張で仕事でめげることもあり、久しぶりにGiant Stepsで元気になるかと聞き始めたら、後半になっていくつかのTakeがはいっていることに気づく。へえ、これがI君が言っていたメジャーなラインナップにマニアックなのを潜ませてるというやつかと一人ほくそ笑む。孤独の音楽グルメ。声にださずに独り言をつぶやく。

単に、復興版でボーナストラックで追加されただけなのかもしれないが、Jazzをひたすら聞いていた頃に出会うべきだった録音にやっと会ったような。30年前に出会うはずだった人に、偶然やっと30年後の今になって会えたような気分。

最初のAlternate Take(08)はアドリブがちょっともたついていて、やっぱり冒頭のがいいよなと聞き流す。そしてこの13のAlternate version Take 2。テンポが1割くらい遅めだが、これがなんともいい。

もちろん完成度は有名なほうのTakeのほうが上だが、今聞くと、ある意味、こちらのほうが味があっていいかもしれない。こっちが歳をとってこのゆっくりテンポを心地よく感じるからであろうか。いや、参りました。コルトレーンさん、あなたは20代・30代用のGiant Stepsとは別に、この50代むけバージョンも用意してくれてたんですね。やっとめぐり会えました。

このスローなTakeも、ちゃんとめげた気持ちを鼓舞してくれるのだが、ちょっと違う仕方で。有名なTakeでは、世の中の頭にくる理不尽なことや、どうしようもない拒絶とか、それらから感じる無力感なんかに対して、「くじけるなよ、立ち止まらずに新たな挑戦にむかって進んでいけば大丈夫だ」というような激しい励ましなのに対して、こちらはもっと落ち着いた励まし。

励ましは、年も重ねると年を取ること自体で希望を失いそうになるのに対して、「まだまだお前も頑張れるぞ、いろいろ学んだ技をつかってもう一度世の中をあっといわせる仕事してみろ」と言ってるような。年の分だけ狡猾に策を弄して情勢を冷静に判断して慎重にやれよと。

そういえば、先週終わったNHK大河ドラマの「真田丸」で、草刈正雄演ずる主人公の父親の晩年の安房の守(あわのかみ)が、圧倒的に多勢の敵に対して、「よーし、こちらには策があるぞ、ひと泡吹かせてやる、この時を待っていたんだ」とか言うのをみて多くの日本のお茶の間の中年壮年のおやじたちが感涙してたんだろうけど、同じ様にこのTakeで励まされた。これを密かに、Giant Steps「安房の守Take」と呼ぼうかな。 (2016.12.26)

2016年に限られた数十人の知人のみにFacebookで書いた文章に加筆。

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