【映画】「そばかす」

Inflight movie critics: 5 peanuts out of 5 

邦画でなんかおもしろいのないかなとANAのメニューでスクロウダウンしていたら、あ、あのドライブ・マイカーのドライバーの個性的な女優だとあらすじをみると、なにやらアセクシュアルな女性が主人公とある。あの怪作「もらとりあむタマ子」でいい味だしてた前田敦子の名前もある。

それで観ることにしたら、目から鱗、棚から牡丹餅、ひょうたんから駒。素晴らしいオリジナルな脚本にいい味だしてる俳優陣に丁寧な演出、3月にして今年最高の映画をみてしまったという感想。我が評価5段階中5の満点。

前半は、アセクシュアルで恋愛もセックスも結婚も興味がない、というか嫌悪感すらもってしまう主人公の女性の、アセクシュアルなゆえの生きにくさについてのエピソードが重なる。

人間関係がうまくいきそうになっても、性的なことに発展しそうになるとだめになる。ディテールも丁寧に描かれる。

主人公が好きな映画がちょっとマイナーなトム・クルーズ主演の「宇宙戦争」で、トムが他の映画では目的がしっかりした凄腕のスパイや軍人をやっているのに比べて、この映画では普通の2児の父でひたすら宇宙人から逃げ回っている。その必死になって逃げまわるのに自分は共感してしまう、とか言う。

そうか、あのグロテスクな蜘蛛の化け物みたいな宇宙人の攻撃から逃げているというイメージ。それも必死になって逃げ回ってばっかりの。

大袈裟なイメージだが、アセクシュアルな人が他から性的なアプローチを受けた時ってそんな感じなのかなあと、観てて思う。

あと、チェロが人間に近い音をだす楽器だということで、そのチェロが唯一自分が主張してやらせてもらって音大までいったということが描かれる。けっして、人付き合いが悪く孤立したり、いやなやつではないのだけれど、むしろ人とはそれなりに付き合っているのだけれど、恋愛とか性的なことをもちだす人間が生理的にだめだというようななかで、唯一抱きしめても安心できるのがチェロだけだというような。

それなりに心を許して楽しく友達付き合いしている相手もでてくるが、ひとたび遠慮がちにゆっくりとであっても性的なことを示唆されたら、それでもうだめになる。

これってアセクシュアルなのが女性だから男性にアプローチされてそうなるのかなと思ったが、そういえば、先週、100年前に書かれたジェームス・ジョイスの「ダブリン市民」というのを読んでたら、「痛ましい事件」という超短編にその男性版がでていたのを思い出した。

潔癖で自分の生活のルーティンがあって芸術を愛する銀行の出納係の中年の独身男性の話なのだが、彼は芸術の話とかで意気投合した既婚女性と心を通わせるが、ある時、その女性が彼の手を自分の頬にあててじっと見つめてくることがあり、それがきっかけにその女性と逢うことを止める。自分はそんな低俗な意図はなかったと。そして4年後にその女性が死んだことを知るという悲しい話があった。

なんだろう、アセクシュアリティという性的マイノリティの苦難というのは、人生の目的が生殖を通じて子孫を作ることだけに限定されることへのものすごい嫌悪感と拒否反応があって、それが社会的に寛容されていないことなのか。

たしかにほかの多様な性の在り方では恋愛感情や性的対象が多様であったりするが、アセクシュアリティでは、そもそもその恋愛や性的な感情や欲求に対する嫌悪感というか、それをおしつけられることへの嫌悪感、生きづらさということなのか。

むしろ、多様なジェンダーの在り方のひとつというより、対象は多様であれ他人にそういう感情を持てる多数の人たちがいて、そうでないマイノリティとしてそういう感情が他人に持てない人たちがいるのだと理解してあげないといけないということか。寛容に「対象の多様性」を受け入れるというより、生きている目的が生殖目的以外であってもいいんだという生き方の多様性の肯定ということなのか。


話が脱線した。映画に話を戻すと、中盤すぎて、期待の前田敦子投入がないなあと思っていたら、後半、突然現れる。

同級生で元AV女優だという前田敦子が、話のトリックスターとして主人公を揺さぶりにくる。

主人公は、自由奔放で自分を肯定してくれる彼女に影響されて、宇宙戦争のトム・クルーズみたいに逃げ回ってばっかりを止めて、少しづづ前向きに自分を肯定していく。

ねたばれだが、幼稚園で園児たちに手作り紙芝居でシンデレラの話をするというのが話のクライマックス的な出来事で、そこで、結末まで敢えて描かれていないが、「アセクシュアルなシンデレラ」を登場させて、まわりに大きな波紋を呼ぶ。

そんな騒動がいろいろあって、もともと仲がいい家族だったのだが、家族みんながなんらかの問題を抱えていて、それでもよりそって生きてる、そんな中で自分も生きていけばいいというような明るい感じの場面が描かれる。存在感の薄かったオヤジが、自分も好きにやってるんで、おまえも好きに生きていいよというような感じで微笑む。

そこで映画は終わっても十分満足だったのだが、最後に、追加エピソードで、新しく幼稚園にはいってきた若い保父さんが主人公に言う。彼女がつくったシンデレラの紙芝居をみて、自分以外にもこういう人がいたんだと勇気づけられたと。このだめおしエピソードで、制作陣のアセクシュアリティに対しての優しい取り上げ方が伝わってきた。

いい映画でした。まあ、興行的にはなかなかむつかしいテーマなんでしょうけど、飛行機とかオンライン配信で観れたら、お勧めです。■

追伸メモ: タイトルのそばかすは、主人公の名前、蘇畑佳純(そばた・かすみ)から。


この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?