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トラブル・ピーチ、トイレ・トラブル

常習的にお酒を飲むようになったのはいつの頃からだろう。惰性と怠慢の極みであるバブル直前の文系大学生だった時、恋してはフラれ、やけになって覚えた深酒。
今思えば本当にアホらしい。
あんな奴の一体どこが良かったんだって、思う日がきっとくるよと、当時の自分に教えてあげたい。

恋が終わっても、晩酌習慣からは抜け出すことができぬまま、私も社会人となった。
電車通勤で困ったのがトイレ問題。呑兵衛さんは身に覚えがあると思うけれど、毎晩大量に酒を飲んでいると、自然、お腹に影響が出る。
満員電車の中、身動き取れず、次はいつどこでトイレに行けるのか、不安になると、途端に腹がキュルキュルと鳴る。
脂汗をかきながら、乗り換え駅まで必死で耐える。
時には馴染みのない駅で降り、駅員さんに聞くと改札外という、トホホな結末もある。
そんなトイレ難民生活を続けること数十年。オフィスの場所はあちこち変われども、通勤経路のトイレの場所は、全て頭に刻み込まれていった。

なんでこんな話をしたくなったかというと、下北沢の超老舗ロック・バー「トラブル・ピーチ」閉店のニュースを聞いたからである。
ウォーキングついでに休日の昼間、下北沢を通り過ぎることはあったけれど、夜のシモキタはとんとご無沙汰だった。

その下北沢トラブル・ピーチ(以下、ピーチ)の1階には7~8人座れるカウンター、2階は少し広くてテーブル席があった。
私はもっぱらカウンター派。
ある夜のこと、バーテンダーの兄ちゃんが、腰に手を当て、苦しそうにしている。
「どうしたの?」
常連さんが聞く。
「いやー、う○こしたいんだけど、ギリギリまで我慢するんだよ」
我慢した末、便座に座ると、するっとすっきり出るのだという。
「ええー、そんなの、我慢しないですぐに行けばいいじゃん」
とカウンター席が盛り上る中、私は彼に同調した。私も「おおおぅ……」って状況になるまで我慢してトイレに駆け込むタイプだった。
「あ、出るかな?」くらいの状況でトイレに行くと、なぜか引っ込んでしまうのだ。
しかしながら、このギリギリ作戦には絶対に外せない条件がある。
「おおおぅ……」
となった瞬間、駆け込めるトイレがすぐ側にあることだ。

彼とはとにかく話が合った。

電車のドアが閉まると、なぜか腹具合が悪くなる
乗り換え駅のトイレはたいてい把握している
トイレの場所がわからない時に限って腹痛はピークを迎える

などなど。

その夜のピーチのカウンターバーは、ロックが流れる中、う○この話一色となった。

あれから二十年? 三十年? いやもっと?
あの日のバーテンダーさんは、今も電車に乗るたびに「次のトイレ」を探しているのかな。

私は完全リモートワークで、今や通勤途中の心配はない。
そもそもここ数年、平日は禁酒しているので、苦境に陥ることもない。
時に思い出すのは、ピーチのトイレ。タイル貼りの、バリバリ昭和な和式トイレ。確か便器が割れていて、床も一部、底が抜けていたと思う。港区女子だったら悲鳴を上げそうな、酷いトイレだった。

それも含めて、良き思い出。
ウィスキーの香りと喧騒とRock'n Rollは、いつまでも記憶の海に沈んでいる。

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