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ときをうたうもの 第弐話

「何か言うことがあるんじゃない?」
「どうもすみませんでした」

全く反省の色を見せない青年に、思わずため息をつく。彼の突然の告白は、私を驚かせた。恐らく、人生で最も驚いた瞬間だったと思う。
さらに私を驚かせたのは、私がオッケーしてしまったことである。なぜかと聞かれると、回答に困ってしまう。なんとなくだろうか。今まで恋人となんとなく付き合って別れたことが多かったからなのかもしれない。いつの間にか私のなかで、それが当たり前になってしまっていたらしい。
親も碌な教育を受けてないので、私も親と同じようなそれなりの人生を歩んでいくのだろう。漠然とそう考えてきた。人との付き合いも、それなりにできたらいいと思う。きっと青年もこの付き合いだって、本気にしていないに違いない。真面目に付き合うだけ無駄なのだ。

冒頭の謝罪は、初デートに青年が遅刻してきたからである。最初が肝心だ。なんて言ったのは青年の方である。そしてなんども打ち合わせはしたと思うのだが、どうして遅れてくるのだろう。余程時間にルーズなタイプか。私もそこまで時間を気にしないタイプなので、相性はまあ悪くはないと思う。

「じゃあ、行くか」

そう言って、青年は私に手を差し出した。エスコートしてくれるらしい。私は、大人しく手を重ねた。青年の手は冷たい訳でも、熱い訳でもない。何だかぬるい感じの手の掌だった。


打ち合わせ通りに、デートは始まった。
 十時に駅前集合。そして、その後は近くの猫カフェに入った。時間に余裕を持たせておいて良かったと思う。その店は、子猫と触れ合えると口コミで爆発的人気を誇っている。コネを使いながら何とか予約をとり、ようやくたどり着いたのだ。店内は、噂通りの猫天国。アメリカンにスコティッシュフォールドまで。本当に私が好きな猫の種類がそろっていた。
私が癒される一方で、青年は猫に遊ばれていた。

「オヤツだぞ」

そう言って青年がおやつを差し出すと、猫はやれやれといった様子で近寄ってきておやつを奪って逃げていく。

「猫じゃらしだ」

おもちゃで遊ぼうとしても、無視される。それが可笑しくて、腹を抱えて笑いあった。


次に、恋愛成就の神社にお参りした。青年が付き合っているのに意味があるのかとボヤいていたが、長続きさせるためだと口から出まかせを言って適当に説得した。実は、私はその神社のおみくじに興味があったのだ。ネットで高確率で未来を予知すると評判だった。私はお化けの類は信じない質だが、意外とそういう占い系は信じている。信じてるというか、科学では証明できないこともあるのだと信じたいのだ。何より、最近自然の摂理に背く生き物はいると知った。因みにその生き物は横でのほほんとしている。

「もう十分だな。行くぞ」

青年が境内から出ていこうとする。そこで、素早く青年の手を握って足を止めさせた。青年は私を怪訝そうな顔をして見つめるが、私は社務所まで連れて行った。そうして無理やり引いたお御籤の結果は二人とも中吉。まずまずといったところだった。
 これは予定になかったのだが、神社の中にあった食事処に寄ることになった。小腹がすいて、とてもじゃないが耐えられなかった。私は善哉、彼は団子を注文した。善哉よりも団子の方が先に届いたので、さすがに待ってもらうのは申し訳なく思って、先に青年に食べてもらう。団子も出来立てが一番美味しいし、おいしい状態で食べてもらえるのがお店の方としてもうれしいだろう。
善哉を待っている間、青年をそっと観察していた。本当に美味しそうに頬張る。作った本人でなくともみているだけで、嬉しくなるような食べっぷりだ。本当にあんな化け物だと思えないほど普通の人間である。もしかして、人型ではあるが、人間の皮をかぶった何かだったりするのだろうか。思わずじっと見ていると、青年と目が合ってしまう。

「ん?」

青年は口を動かしながら、考えるような仕草をする。そして何かひらめいたようで、青年は私に残った団子を差し出した。手に持ったまま。所謂あーんというやつ。それに間接キスだ。この年になって、間接キスやあーんの経験がない訳じゃない。恋人と何度もした。しかし、私を見るきれいな瞳が、私を恥ずかしくさせるのだ。

「い、いただきます」
「顔紅いけど…何、動揺したわけ?可愛いところもあるじゃん」
「うるさいよ」

図星をつかれた私は、団子を奪い取ると口に放り込んだ。美味い。

「お熱いねぇ…見せつけてくれちゃってねぇ…」

後ろから声を掛けられ、大きく肩を跳ねさせる。振り向くと、店員のおじいさんが善哉を乗せたお盆を持ち立っている。もしかしなくても見られていた。顔がだんだん熱くなる。

「うらやましいのぅ…そんな別嬪さんを連れて、デートかい」
「そうだろう?銀行で会って一目ぼれしたんだ。ありのままの俺を受け入れてくれるんだ」

おじいさんはベタぼれだねと言って、青年に盆を渡すと戻っていった。

「またトマトみたいになってるぞ」
「アンタが変なこと言うからだ。変な嘘もついてたし」
「俺は嘘はついていない。確かに俺たちは銀行で会ったし、お前は俺の能力を見た後でもこうして付き合ってくれてる。一目ぼれしたのもホントだしな」

私は何も言えず、善哉を食べた。出来立ての善哉は、凄く熱かった。
”一目ぼれ”。その言葉が頭の中から消えてくれない。顔がさらに熱くなったのは、善哉が熱かったから。きっとそうだ。
本当に私はどうしたのだろう。青年といるとどうしても、平生の自分を保てない。


最後は、電車に少し揺られて展望台に上った。夕焼けに照らされた景色は幻想的だ。彼と横並びになって景色を眺めていると、彼が徐に口を開く。

「そういえば、熱出してたんだよな?大丈夫か?」
「あー。そのときは、めちゃくちゃ熱出たんだ。四十度ちょいぐらいかな。本気で死ぬかと思った」

私はそう言って笑った。いつものように軽い返事が返ってくると思ったが、青年は少し困ったような顔をしていた。どうかしたのだろうか。問おうとすると、青年はいつも通りの表情に戻った。一体何だったのか。首をかしげたが、後でも聞けるとその場では黙っておいた。

”午後七時となりました。これからライトアップが開始されます”
 七時だ。ライトアップが始まるというアナウンスが流れる。展望台がライトアップされるイベントが、確か七時からあった気がする。ライトアップなどのイベントは、もっと早くから始めるものだ。しかし、最近は節電のために七時から開始されるようになったそうだ。節電に節水。中々に難しい世の中になったものだ。厳しい規制の中でも実行されるライトアップはさぞかし綺麗だろう。下に降りておけばよかったと後悔した。

「今からでも降りればライトアップが見れるけど、どうする?」
「今の時間帯はエレベーターで昇ってくる客が多いから、しばらくしてから降りた方がいい。お前と同じ考えの客もいるだろうし、大混雑してるだろ」

何だか人込みを我慢しながら降りたくないから言い訳を並べているように感じたが、ライトアップの終了時間まであと数時間はあるし、青年の言い分にも一理ある。ゆっくりしていっても問題ないか。そう思い、私は後ろに設置されていた椅子にドカリと腰を下ろした。疲れた。青年は特に疲れてはいなさそうだった。
人が一斉に下に降りていく中、私たちを含む数人が展望台に残っていた。さっきまでの賑わいが嘘のようだ。特に話すこともないが、一つで毛聞きたいことがあった。

「そういえば、まだお前の名前を聞いていなかったな。僕は蛍火ルカだ」
「んあ?…そうだったか。俺は…万古。そう、万古だな。」
「そうか、万古」

また沈黙が訪れる。それ以上は話すことはないとお互いに伝えあっているようだった。ルカは、目の前の彼を見つめる。
万古を直訳するとはるか昔。千秋万古という四字熟語もある。千年、万年ほどの長い時間。
目の前に映る自分は、肩まで伸ばした髪にパーカーとごく普通の大学生といった姿をしている。数十年後にはもっとしわも増えて、足腰が立たなくなってしまうのだろう。私の人生の何倍もの長い時間だ。
 万古は何も話さないので、私は気まずくなって話題を絞り出した。

「万古は、どこの出身なんだ?」
「俺の出身か…ヤマシロの国。今は、京都か」
「山城…なんて古風な。教科書でしか聞いたことない単語が聞けたよ」
「それだけ俺は生きてるってことだ」

それ以上は聞くなと万古が語っている気がした。私は口を閉じ、呆然とガラスに映る万古の姿を眺めていた。人生が長続きするのは、嫌だな。ふと、そう思う。いやなことも幸せなことも続く。交互に来てくれれば、まだダメージが少ないが片方がずっと続くとそれはきっと耐えがたい。幸せが続いた時が一番怖い。どこまで落ちていくかわからないのだから。
それだけ長く生きているという万古の言葉に嘘はなさそうだ。きっと本当に生きてきた。万古はどのような人生を歩んできたのだろう。


 初デートの感想は、楽しかった。でも、友達と遊んでいる感覚に近い。つまり、私がきっと万古を恋人としてみていないということ。オッケーしてしまって申し訳ないが、お断りしようと思う。気変わりが早いと思われるだろうが、変に期待させてたままにしてしまうのもよくない。お互いに時間の無駄になる。
 私は決意して、展望台から降りて人がいなくなった頃に切り出すことにした。エレベーターが下降している間、私は一人で緊張していた。断るだけだというのに、なぜ私が緊張しているのか。甚だ疑問だが、罪悪感からのものなのだろう。万古が悲しげにしている様子が頭によぎる。なんてことは無く、あっさり納得するのだろう。そうなったら私たちにとって良いことのはずだが、なんだか寂しい。熱を出してから、本当に私はどうしたのだろう。
 頭をリセットしたい。どうすればいいか悩んだ私は…勢いよく壁に頭をぶつけた。

「…何してんだ」

万古が引き気味に私を見た。私は、それでも頭をぶつける。周りに客がいなくてよかったと思う。いたなら、迷惑も掛かるし大事件だ。
頭をぶつける度にエレベーターが揺れる。万古はもう諦めたらしく、欠伸をかましていた。

 チンっという音がして、エレベーターが開いた。目の前に広がるのは暗闇。消灯時刻になり少しずつ暗くなっていくイルミネーションとわずかな街頭が灯っているのみだった。少し離れれば、明かりも街頭のみになりそうだ。

「あのさ…言いたいことがあったんだ」

今だと思い、私は例の話を切り出す。万古は「ん?」と、私の方を向いて首を傾げた。

「俺に言いたいこと?もしかして…」

私のそわそわとした様子で、流石の万古も察したらしい。察したなら、隠す必要もない。遠回しの発言はやめることにする。私から切り出したいところだが、万古の話を聞くことにした。これが間違いだった。この後のことから、重大なことは自分から切り出すべしと教訓になっている。

「別れ話か。まあ、いきなりの告白を即答したからな。仕方ないと言えば仕方ない。お互いのことを知らなかったんだ」

最初は察していたかとここまでは、普通に話を聞くことができた。しかし、段々と話の雲行きが可笑しくなる。

「知らないことは誰にでもある。学んでいけばいい。人生は勉強とも言う。相性が合わないものは仕方ない。一日でも恋人関係になってくれてありがとう。

…でも、その先は言わないでくれ。離したくない」

唇に何か当てられた。生ぬるい温度が伝わってくる。線香のような香りが鼻をかすめる。状況がいまいち読めない。一度状況を整理しよう。
まず、私たちはエレベーターを降りた。そして私が別れ話を切り出そうとしたら、万古が話を切り出してきた。話を聞いていたら、いつの間にか目の前に万古の顔がある。やっぱりどういう状況だ。

「じゃあ帰るわ。また今度な」

万古は一人満足をした顔をして、手を振って歩き出した。私を置き去りにして。

「お、おい。ちょっと待って」

気が動転しながらも、万古の後をすぐに追いかけた。
 街頭が照らす夜道を必死に走る女は、さぞかし面白可笑しく見えただろう。結局、走って街中を探し回っても万古の姿は見つからなかった。まるで煙のように万古はどこかに消えた。



帰りの車の中。私は窓の外の景色を眺めた。街頭が灯っているが、明かりに照らされる道には人がいない。街中が寂れて見えた。

「ルカ様。今回のお相手はどうでしたか。ルカ様のお眼鏡にかかる人物でしたか」

執事が尋ねる。最低だったと口を開こうとしたが、言葉が喉元で引っかかる。万古は、初デートで遅刻をするわ、堂々と恋人宣言をするわ、無理やり別れ話を妨げるわで…本当に最低なやつだった。
 最低な奴だ。もう二度と会いたくない。そう言うのは簡単なはずである。しかし、笑いあった瞬間の彼の顔が頭の中をよぎる。最低で関わるべき男ではないはずなのに、切り捨てられない。また逢えたらなと思う私がいた。
返事をせず、紅い顔を両手で覆い隠してしまう。これはまるで、私が万古を好きになったみたいにみえる。少女漫画じゃあるまいし、そんなはずはない。こんな展開は最近の恋愛ドラマであるが、決して恋に落ちたとかそういうのではない。友人と一緒に遊んで、気持ちが緩んでいるだけだ。

「そうですか。ついにルカ様も…」
「決して違うからな。僕は決して万古を気にしてなどいない」
「わかっておりますとも」

そう言って執事は微笑んだ。私は顔を隠しながら外を見た。外は住宅街になっていて、さっきまでいた展望台が後ろの方に見える。もう万古は、家についてだろうか。

大きな塀が見え始めると、私はひどい憂鬱になってくる。面倒なことがあそこで待っているにちがいない。待っていなかったことなどないのだから。車の中から出ると、優男が私を出迎えた。

「おかえり、ルカ。今日は散々だっただろう。ルカがどうしてもと言うから許したけど、ひどい顔をして帰ってきたところを見るととんでもない友人だったようだね」

そう言って優男は私を優しく撫でた。まるでガラス製品を扱うかのように。丁寧に。この憂鬱さはアンタの所為だ。まったく自分の所為だとは気付かない優男は、相変わらずニコニコとしていた。

ここで白状すると、私はこの男にデートへ行くとは告げていない。忘れていたのではなく、最初から告げていなかった。もし告げていたらきっと私の周りにはボディーガードがつき、楽しめていなかっただろう。最悪の場合、万古が国外違法されていたかも。

「そんなことありませんよ。僕は楽しかったです」

優男が私を一瞬睨むような目付きで見る。思わず体が反応してしまうが、それでも笑顔を浮かべてごまかした。ここで引き下がってはいけない。言われたとおりにするな。流されるな。

「…そうかい。じゃあ、手を洗っておいで。もう遅い時間だから、話は明日にしよう」

そう言って優男は、家の中に入っていく。私も続いて入っていった。

ルカと優男が入ると、執事が扉と鍵をかける。周りのコンクリート建築になじまないその建物は、政府関係者にも顔が利くと噂の大財閥蛍火家のものである。


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