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お能 『通盛』 ー 雅(みやび)なること

南青山のPRADAの四つ角は、いろいろ建物が建て替わってしまったけれど、30年以上前から隠れ家のようにある「銕仙会 能楽研修所」。

交差点の右向こうにあるのが「銕仙会 能楽研修所」


コンクリートの打ちっぱなしの外壁が青山っぽくて、むしろお能っぽいのです。


前を通る時、気が向いたら、ふらっと表におかれているパンフレットを見てみたりするのですが、先日ちょうどこの会があることを知って、日程の具合もよかったので、席の空きを尋ねてみました。

銕仙会は観世流を引く一門の会ですが、手のひらに入るポータブルのクレジットカード決済端末が用意されていて、ひとけのないひんやりとした玄関口で世阿弥のことを思いながら電子決済の暗証番号を入力するのは不思議な心地がします。

もう、わざわざ壁や床に配線を這わせてネットワークに繋がる必要がなくなったから導入したのでしょうね。WiFiの機器の気配もなく。

世阿弥の生きた室町時代やそれ以前からずっとずっと、猿楽などの芸能を生業にする人々はノマドでネットワーカーでしたので、そんな彼らにふさわしい感じ。
NTTのネットワーク回線を支える鉄塔ははかつての修験の道沿いに立っていると聞いたことがあるのですが、ITの行先がますます彼の時代に近づいているようにも感じます。


それで昨日、水道橋の宝生能楽堂で『通盛』をみました。
野村萬斎の狂言も観世銕之丞の『鉄輪』もそれぞれでしたが、印象にのこったのが『通盛』でした。

お能も狂言も前触れもなく始まります。
いつの間にか橋掛りを誰かが歩いているのに気がついた人から、それぞれにお能が始まって行くのです。

後でわかったのですが、一番最初にやってきたのは笛を吹く人でした。

笛の音がひときわ高くなるときに、橋掛りから誰かが登場します。
笛は風の音ですので「音連れ」なのでしょう。

笛の音に鼓の音、そして誰かの言葉によってここが「阿波の鳴門の浦」だということが設定されます。

淡路島と四国を結ぶ鳴門海峡。そこの景色は一度しかこの目で見たことがありませんが、自分の記憶の中にあるどこかの海辺の様子と能の舞台を重ねてゆきます。

そうなるともう、今が何時なのかわからなくなってゆきました。

そのあとの舞台の言葉は残念ながらよく聴き取れなくて、何となくの気配だけを感じる時間でしたが、シテ(通盛)とともにやってきたツレの小宰相局が「ただただ美しかった」です。舞ったりは全くしないのですが、立っている姿、座している姿が美しかったです。

発言的でないツレに比して、シテは前半には翁の姿でしきりになにか繰り言を言っていました。

そしてシテは後半になると美しい武者の姿に若返って登場してきます。綺羅綺羅しい武者姿で太刀を振る。その姿を見るうちに、これが「雅(みやび)」なのかもしれないと思いました。

「みやび」と言う意味に「雅」という文字を用いているのは、発音からの「あて字」で、もともとは舞楽をする人の姿を意味する「頙(か)」という文字でした。

「雅」の文字の中には「牙」があります。

旁は「隹(ふるとり:鳥の意味)で、偏の「牙」はキバというよりカラスの鳴き声を表す文字。牙は「か」や「が」と発音します。

なので、カラスのことを「鴉」と書くのは「牙と鳴く鳥」と言う意味で、元来「雅」という文字はカラス(烏)を指し示したものなのです。
(白川静『常用字解』より参照)


でも長年「みやび」として「雅」という文字を使っているうちに醸される印象もあるのでしょう。私の中では「刃(やいば)を持つ優美な鳥」のイメージなのです。

ただ美しく舞い踊る優美な姿だけではない、芯に隠し持つ刀剣。
そんなイメージを思い起こすのが「雅」という文字。

その「雅」の実際がどんなものかわかっていませんでしたが、舞台のシテの通盛の風姿を見るうちに、平家が「雅を体現した」のかもしれないと思いました。

それはほんの一時のこと。公家的なことと武家的なことの間に立った平家。「間」というのはあまりに儚くて、平家の雅が花開いた時期は、清盛が公卿となった1160年から壇ノ浦での滅亡の1185年までのわずか25年。

平家はこの25年の間に貴族的なことの全てをやり尽くしたと言えるのではないでしょうか。
そして壇ノ浦の戦いで「見るべき程の事は見つ。いまは自害せん」と言い放って入水した知盛。彼はそのことを自覚していたのかもしれません。

だからからか、お能にあるのは平家にゆかりのあるお話ばかりで、源氏のそれはほとんどなく、こうして平家の人々の気持ちは、後の人々に圧倒的に語られることになりました。

そんなことを思いながら、家に帰ってから『通盛』の詞章を読みました。http://www5.plala.or.jp/obara123/u1152mitimo.htm




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