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三週間、神域に暮らした話

2024年2月21日の夜から、同年3月13日の朝までの
ちょうど三週間を、和歌山県の山寺に住まわせていただきました。

体調を崩すことが重なり、
仕事に集中できる状態ではなくなってしまったため
今は故郷の実家に戻っております。

招き入れられた経緯

信じていたものの反転からはじまった
神域での生活

もう3年も前になるのですが、
当時働いていた職場で人の醜いエゴを見、
その鏡に映る己のエゴに気づいたことをきっかけに
「自分がそれまで信じていたものがすっかり反転した」
ということを経験しました。

それによって
これまでの前半生を支えてくれた
家族や友人や仲間と共有していた価値観を
突如として信じることができなくなり、
私は所在を失いました。

その職場で感じた不信の感作が拡がって
地元に対して敵愾心を抱く自分を
手放せなかったこともあり
「ここにはもう居られない」という思いを強くして
全財産抱えて飛び出すことを決めたんです。
(三週間で送り返されましたけど。)

行き先も決めないまま、
借りていたアパートの更新時期ギリギリまで粘り
「とにかく、ここしばらくで知った旅が続けられる機能に頼ろう。
 おてつたびやリゾートバイトを活用すれば生きてはいける」
と、算段していたときに
お寺の住職さんと話す機会があり、
招き入れてもらったというのが、ことの発端でした。

以前、Youtubeで
岡田斗司夫さんが『千と千尋の神隠し』の解説を
されている動画を拝見していたのですが、
このときおっしゃっていた荻野家の状態が
自分の今回の境遇と似通っていると感じました。

“こういうホラーの定番として、何か縁がないと入れないんですね。
そういう意味では、神様たちもこの家族も
「家がない」という宙ぶらりんの状態なんですよ。

ここら辺は、来週に解説しますけど、
この両親も、引っ越しの途中なんですけど、
実は家庭の危機、家族の危機という状態にあるんですね。
この3人共、なんとなくバラバラの状態になっているので、
この世界にスッと入れるようになっているんです。

この両親の家庭の危機というのは、すごくわかりにくいので、
来週、丁寧に説明します。
3人共、宙ぶらりんの状態なので、神様の土地に間違えて入ってしまったわけですね。

岡田斗司夫さんの『千と千尋』解説

私の身の上も、
まさしく「宙ぶらりん」ではありました。

お世話になったお寺は
はっきり由緒がわかっていて、
住職さんや信者さんからいつも心を寄せられており
数年前に法人化もした基盤のある場所で、

「自分と同じく宙ぶらりん」と表現するには
難しいところがありますが
住職さんや神仏のお許しを得て、生活をさせていただきました。

何に縁があったかといえば
「辻政信」さんはそのお一人なのではないかと感じています。

自分の前半生の意味

私には、
自分ルールで自分を縛り、それによる無意識の自分いじめをして
ひとりで殺気立っていた過去があります。

「自力でどうにかしたい」とこだわっている部分に
他者から干渉を受けたくないために
「穏やかに、できる限り周りに感謝し気を遣う」
という生活態度で武装して、

自分の本心をジャッジしては
自分の命の声には聞く耳を持たずに、
蔑ろにしてきていたんだと
ここ1、2年で気づいて来ました。

以前の私は、
自分を取り巻く世界を「戦場」だと思っていたんです。

…仰々しい表現になってしまいましたが

要するに、
いつも気が気じゃなくて、
些細なことでも傷つきながら、
傷つくことにも狎れきって
傷口を癒すことを疎かにして過ごしていたんです。

セルフネグレクトによる満身創痍みたいな状態です。

それをうっすら自覚し始めた頃に、
「十一面観音さまの導き」と思える出来事によって
今回お寺に招いてくださった住職さんと出会いました。

当時、私はこれまでのことを
比喩として「戦場に居た」と表現しました。

その後、
住職さんとやりとりを重ねていくうちに、
「辻政信」さんの名前を知ることになりました。

辻政信さんとの出会い

辻さんは比喩でなく、
まさしく戦場で一生を過ごし、
終生戦場に生きようとした人でした。

私は、昨年(2023年8月)に一度、このお寺で
「自分の仕事は、物書きだと思う」と宣言しました。

それがきっかけで、
出家前にライターを経験されていた住職さんから
気にかけていただけるようになったんだと思います。

辻さんも、戦後GHQからの捜索を避けて潜伏していた際
(浄土真宗の、ではありますが)お寺を転々としながら
執筆をしていらっしゃった時期があります。

山寺での生活の記録も兼ねて、
日記のような形でnoteを更新するようになったのですが

辻さんの調査考察のために『潜行三千里』を読み進めていると
彼の表現方法も潜行中の手記のような形式で、
当時のことが具体的に描写されていて
いまの自分が、
辻さんの潜行生活を追体験をしているんではないかと
感じたりもしました。


自分の人生との交錯に感応する旅に出る

結局、私自身はお寺を離れることになりました。

もともと霊域であることや
山の中という環境で、
春前の寒い時期にあり
ちょうど追悼法会に向けて
「慰霊してほしい御霊」が押し寄せて来ているということで
お寺全域が冷蔵庫みたいな環境になっており

この身体を冷やす状態が続いたことで、
万全の体調とは言えなくなったため
「一旦、実家の方に戻るように」と
住職さんからストップがかけらた
という経緯があってのことです。

「退路を絶って故郷を飛び出したつもりが、あっさり送り返される」
みたいな状況に
しばらく間抜け面を晒していましたが

取り急ぎ荷物をまとめて、
それまでお借りしていた場所を元通りに復元したとき、

「そういや辻さんも潜伏先を転々とする時、
 突然転機が訪れたって書いてたな」
と思い出し、

この出来事もまた、意味のあることなのかもしれない
と、思い直しました。

実はお寺では、
あと数日のうちに慰霊の開白がなされます。
3月19日に読み上げる祈願文を、
住職さんが考えられている最中と思います。

私は、辻さんの人となりや
やって来たことを調べる中で
自分の中での彼の人物像を固めていきました。

辻さんの御霊には
なにか「伝えたい」強い思いがあり、
だからこそ
住職さんの元に現れ、
さまざまな人を巻き込むようにして
一連の流れを生み出しているんだと思っています。

体調不良を理由に
住職さんから継続不能の判断を申し渡された前日
私は言行一致の神様に、
「必要なことをしますのでお導きください」
と頼みに行っていました。

これが「必要なことをするための導き」かもしれないので
「故郷に戻り、身体を休め」ながら
ここから起こることに対応していくことで
見えてくるものを待ってみよう…と思っています。

2024年3月14日 拝

知る・学ぶ・会いにいく・対話する・実際を観る・体感する すべての経験を買うためのお金がほしい。 私のフィルターを通した世界を表現することで還元します。