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kono星noHIKARI 第6話

FILM       2020.03.27    


   目を覚ましたルカはビルの周囲でも走ろうと出てみたが、どうしてもあの公園に足が向いてしまう。
 ——ダニーと話していた内容に気付いた者は、この地球ではまだいないはずだ。この難問はとてもひとりでは抱えきれない。それにまだ、事の重大さを呑み込めない自分がいる。傍に天文学の権威のダニーがいることが何よりも心強い。彼は限界と言ったが、今後、彼の知識は絶対に必要だ。そして、Topのジェフ。彼のスペックは代々受け継がれる自分たちの星の歴史とあらゆる人物の記憶だ。彼のスペックの存在も大事になってくるような気がしてならない。

 ──それにしても、偶然にもまたこの季節にここにいるなんて
 ルカはベンチに腰かけ、散る花弁が僅かとなった桜の樹を仰ぎ見る。今年は早く咲いてしまったようだ。この桜はこの星で樹が朽ちるまで咲き誇ってほしい。
 昨日、ルカはダニーと朝食を取りながら昔ばなしをした程度で、疲労の見えるダニーを休ませた。ルカは自室に戻り、今後長期戦になるであろうことを見据えて、部屋の環境を整え、生活する上で必要なものを発注した。リオとジェフにはまだ会えていない。ニコは状況を感じ取っているようだが、ノアにどう伝えるべきか。
 ルカはそんなことを考えながら、無意識にひらひらと舞い落ちる花弁を手に掬っていた。


夏海「おや、また、ベンチの角に頭をぶつけましたか?」

 不意に、髪を後ろに束ねた女性が、ルカを覗き込んだ。マスクをしているが、忘れるはずもないおっとりした声と涼しげな目元。
 ──夏海!

 思わず立ち上がった。会えるなんて、思いもしなかった。ルカは目の奥が熱くなり言葉につまりながら、かろうじて「どなたのことですか?」ととぼけた。

 夏海が世間話のように続ける。
夏海「2年ほど前の事なんですけどね。ここで事件が起きまして」

ルカ「へえ?それは、どんな事件?」

夏海「一人の男性が.......」
 冷静を装おうとする夏海の肩がプルプルと震えているのを見て、笑いに堪えながらも聞いた。

ルカ「ぷふっ、流血して餓死しそうな男が通りすがりの女性からおでんをご馳走になっちゃった件ですか?」

夏海「あはははっ!ホラーですね」 

 変わらない夏海の明るい笑い声だ。
ルカ「夏海!」
 駆け寄って夏海を抱きしめた。
ルカ「夏海、夏海に会いたかったんだ」

夏海「ルカにもう会えないと思ってた」

 お互いをぎゅっと抱きしめたまま、ふたりは名前を呼び続けた。
 少しずつ気持ちが落ち着いてきたふたりはだんだん照れくさくなり、どちらともなく、クスクスと笑い始め、ついにルカは夏海に突き飛ばされた。身体が離れたと同時に、真顔のお互いに気付き、また大笑いした。一通り笑い終わり、そして走り寄ってまたぎゅっと抱きしめあった。

 このご時世である。周りの人が怪訝そうな顔をして通り過ぎる。
 よくふたりで語らったベンチに腰掛けた。

 夏海は卒業した大学の敷地内にある附属病院に勤めていた。
 新型コロナウイルスのせいで毎日が戦いのような勤務だと言った。昨日の夜10時に終わる勤務が日を越えて朝になってしまった。偶然が再会の手助けをした。

夏海「凄い頑張ってるのよ。私」

ルカ「2年前より、逞しくなった。抱きしめられた時、肋が、2~3本やられたようだっ」

夏海「え?すごいほめ言葉!」

ルカ「ぷふふふ。普通さ、ひどーい!とか、言わない?女の子は」

夏海「そんじょそこらの女の子とは違うのだ!ふわっははははっ」
 と腕の力こぶを見せつける。ふたりは出会えた喜びを隠しきれない。

 夏海の華奢だった身体は全体に均整のとれた筋肉がついていた。キビキビとよく動く看護師だと想像がつく。変わらず男の子みたいにパーカーにジーンズという服装だが、束ねられるまで伸びた髪は会えなかった時間の長さを教えてくれた。

夏海「朝ご飯、おでんにしよっか?」

 ルカは最近も食べたことは、隠してにっこりうなずいた。

 夏海の部屋は公園から10分程歩いたところだった。外階段をあがった最初の部屋だ。玄関の鍵を開ける。小さな玄関横の靴棚には除菌スプレーが置いてある。右にはキッチンのシンクがあり、左に、ユニットバスのドアがある。ガラス戸を開けると、20㎡ほどの部屋に、クローゼット兼納戸がある。全体的にブルーで統一されていて、家電以外の余分なものがない。質素な部屋のせいで広く感じる。
 ブルーのベットカバーの上に脱ぎ捨てたパジャマを見つけた夏海が慌てて、クローゼットへ放り込む。
 部屋の2方向のカーテンを開けると、窓からはあの公園が良く見える。公園の緑を見ながら食べようと意見が一致し、ちいさなテーブルを前に、窓に向かって横並びのクッションの上に座った。
 おでんを食べながら、夏海は新型コロナウイルス対策についての問題点や医療従事者の勤務体制の改善点を熱弁した。
  
夏海「忙しくて、誰にも言えなかったの。あーちょっとスッキリしたー!ご清聴ありがとうございました!頑張ってるんだから。ほんとに。忙しくて褒めてくれる人もいないのよ!」

ルカ「頑張ってるの分かるよ。眠いでしょ。寝ていいよ」

夏海「疲れはピークだけど、ルカに会えて、テンションはやばいぞ!」

ルカ「ぷっふふ。そうかそうか.......ここのアパート......ここから公園が見えるから、住むことにしたの?」

夏海「アパート探しの見学の時に偶然。部屋に入ってびっくりよ。少しだったけど公園で過ごした時間が楽しくて、気持ちの支えだったから......すぐ、契約しちゃった」

 麦茶をつぎ足たそうとした夏海の右手首を掴み、ボトルを奪って、ルカは自分のコップにつぎ足し、飲み干した。
 そして、掴んだままの手首を自分の方へ引いた。
 夏海の澄んだ瞳にルカが映った。懐かしい自分との再会だった。
 軽く親指で初めて夏海の唇に触れてみた。ピクンと反応した夏海が耳まで桜色に染まっていく。夏海の目に涙が溢れる。ルカは夏海が愛おしすぎて苦しくなる。両手で小さな頬を包み、そっと唇を合わせた。

 シャンプーと消毒液の匂いが香る。
 優しい長いキスの後、ルカがベッドを指さした。夏海はうなずき布団にもぐりこんだ。布団をめくると、また布団をかぶる。何度か繰り返した後「あー、もうっ」っとルカも布団の中にもぐる。くすぐったいだの、とれないだのと、服を脱がせ合って笑った。

 布団から顔を出した夏海が青い石のついた髪留めを外したのが合図のように、ルカは夏海の柔らかな髪の毛にキスをした。お互いの指一本一本を絡め見つめ合う。
 ルカの気持ちは2年前から変わっていない。何度も諦めようと努力したが、出来なかった。諦めようとするほど夏海の顔が鮮明に思い出され、その度に絶望していた。その夏海が今、腕の中にいる。
 ルカは身体を起こし、夏海のおでこ、瞼、鼻、唇、耳たぶ、顎から首筋、鎖骨、胸へと順に触れるか触れないような柔らかなキスをしていった。くすぐったそうに嬉しそうに夏海が反応する。もっと困らせたいと思う。

 夏美の薄く形の良い唇から吐息が漏れた。
ルカ「声、出していいよ」

夏海「......壁がね薄いの」

ルカ「大丈夫」

夏海「......あっ」
 ぎゅっと目を閉じた夏海の下肢に力が入った。

 動きを止めたルカの身体全体がうっすらとした霧のようなものに被われ、FILMが発生した。ルカと接しているところから夏海の身体も包まれていった。夏海の喉までFILMが包んだ時に、「口で大きく息をして」と、ルカが囁いた。夏海は素直にそれに従い、ふたりはFILMにのみ込まれた。
 身体が海水に浮いたように軽くなり、夏海の表情も穏やかになった。夏海の身体がルカを愛おしいと語る。会えなかった空間が解き放たれた。ふたりはお互いを深く知ろうとせせらぎを泳ぐ小魚のように戯れた。

 横でスースーと寝息を立てる夏海を眺める。初めて寝顔を見た。あどけない子供のようだ。

 過去に夏海はFILMを使った治療をこの星でしている。多分、その治療により夏海は外部からのウイルスに耐性ができている。そして夏海はルカの素性に気付いている。ルカのFILMを素直に受け入れた。
 夏海からは何も聞いていない。とてもVIP待遇で治療してもらえるようなお嬢様には見えないが、何らかの理由があったのだろう。

 ルカは寝ている夏海の服をたたみ、器とコップを洗って、部屋を出た。玄関の鍵をかけてドアポストから中にいれた。
ルカ「おやすみ」

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