報酬

彼らは争っている。
お互いの要求を体現するために、
あらゆる場面で争っている。

彼は知っている、
打ち倒すべき者は己自身で、
強く紳士的であれば、
あらゆる場面で争いを鎮め、
相互の要求を体現しうることを。

彼はそれをDNAの二重螺旋をモデルに語る。

彼はグアニンで、彼女はシトシンなのだ。

二人の間の三つの水素結合の間には、
分子間力が働いていて、
その間の距離がゼロになることはない。

それでも求め合い、
変化し合う二人の間には、
新たな結合が紡がれ続け、
ねじれた大龍が立ち昇るのだ。

彼は知っている、
そのことを彼女が理解していることを。

そして同時に、
知っていることと実行することには、
大きな隔たりがあることを。

その隔たりは、
時に弱さになり、
時に冷酷さになる。

それらは斥力として働き得るため、
か弱い水素たちの結合は、
いとも容易く断ち切られてしまう。

でも彼は、
切られた結合に使われていた材料が次の、
あるいは未来のどかかの地点の、
結合に使われることを知っている。

自分を見つめ、
相手を見つめ、
互いを見つめ、
結合を紡ぎ続けること。

それを人はなんと呼ぶのだろう。

彼は笑った。

彼女の言葉が、
非難のようで、
諦めのようなのに、
希望に満ちていて、
彼を喜ばせたからだ。

人は押し付けられたものに報いを求め、
進んで歩んだ先では全てが報いになる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?