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「アメリカに負けなかった男」ひと昔前には古いと思った題材が、現代には知ってもらいたい題材になる辛さ。

テレビ東京開局55周年記念と銘打たれて、昨日、天皇誕生日の翌日に放送されたこのドラマ、予想以上にしっかり出来ていた。

私が吉田茂という名前を知ったのは、彼が亡くなって国葬が開かれたのをテレビで見たときだ。当時、小学校2年の私は、政治など佐藤栄作が首相だくらいのことしか知らなかった。その時も、親に吉田茂を偉い人くらいにか聞かなかったと思う。

ということは、太平洋戦争でアメリカと戦ったこともよく理解できていない若者たちには、ここにあるドラマは時代劇であろう。そう、時代劇といえば、最近の線の細い役者がやってもしっくりこないと言われて何年経つのだろうか?

今回、感心したのは、主役の鶴瓶を初め役者たちがなかなか昭和の顔になっていたことである。そう、みんなが違和感のない演技をすることで、観客はしっくりしたタイムスリップができる。そういう意味では成功だ。特に前野朋哉がまさかの田中角栄。結構、しっくりきているのには驚いた。

だが、役者としては生田斗真の白洲次郎の怪演はなかなかだった。以前、伊勢谷友介がNHKで演じてハンサムぶりを見せ付けていたが、生田版の白洲次郎もなかなか小粋で、みんなに嫌われそうな感じもよく作っていた。昨年の「いだてん」の三島弥彦と同様、公園であった。「もっと主役で使ったらいいのに」と思わせた。

そして、鶴瓶、演じる吉田茂も、いつもに比べ抑揚を抑えたような彼の演技がとてもいい感じに仕上がっていた。根本的に私は彼の演技が好きではなかった。だが、年齢を重ね、最近は、昨年の映画「閉鎖病棟」でも、なかなか鶴瓶本人から化けることができるようになったみたいで、とてもよく見える。今更だが、今後がさらに楽しみである。

吉田と白洲を役者でしっかりと前に出せば成立する話なので、二人の両輪がうまく回ったことがこのドラマの成功だろう。

原作はファーストレディー役を務めていた麻生和子の回顧録。そういう意味では、その大役をあてがわれた新木優子が最も心配だったこのドラマ。彼女も周囲の空気に巻き込まれて、昭和のこの時代に普通にシンクロしていた。もちろん、まだまだこれからの女優さんだし、顔の表情の微妙な変化などができないのは変わりないが、今までとは違って「女優さんになってきたね」と私に思わせた。基本、嫌いな方ではないので期待しています。

このドラマ、当たり前だが役者を動かしているのは演出の若松節朗監督である。もうすぐ映画「Fukushima50」も公開になるが、そこそこの大作をそれなりに演出できる監督である。このドラマに関しても彼の力でこのまとまりがあると思われる。そう、スケールの大きな映画を撮り切る人間って今の日本映画界になかなかいないんですよね。

そしてこの作品が今作られるのは、とても意味があると思った。昔、「小説吉田学校」が森谷司郎監督で映画化されたときは、「今更吉田茂か?」と思ったが、今、国会が幼稚園化してしまい、アメリカに好きなように転がされる安倍晋三を見ていると、この時代を見て皆が考えないといけないと思うところは数多くある。

ドラマ冒頭で、吉田と白州が「日本人とはなんだ」「平和とはなんだ」と怒鳴るシーンがあったが、まさに、今それを日本人全体に再度問わなければいけない時代になっている。最後に何歳でも生きたいという吉田の言葉の向こうには様々な不安があったのだろう。吉田学校の生徒が皆、政界から去り、今は松下幸之助が余計な議員を残しているだけの状況はみるに絶えない。再度、本当に良い国家を作るための熱き向こうみずな若者たちが集まる場所が欲しいところ出る。

ドラマの中で子供として出てくる麻生太郎も、お母さんと暮らせなかったから、あんなに口が曲がってしまったのか?当時、彼も吉田茂と共に暮らしていたらまた違う人生もあったのかもしれないねとも考えたりした。

「総理大臣なんてアホのすることだ」という吉田が、総理となり日本を独立させた真実が、大事なところである。総理になりたくて利権を取ったものは、政治などに興味がないのである。ため息が出る…。

しかし、吉田茂は浜辺を歩く姿がよく似合うと思った。


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