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神田町百景 scene.1『笛吹きおじさん』


私が店を始めた頃
店の前の道は、人も車も全然通らなかった。

2020年4月、世の中は自粛、自粛、自粛ムード。
とりあえず店まで来て、閉店時間になるのを待つ毎日。
人と話さずに1日が終わる日がザラだった。
そういえば、人の声が恋しくて、ラジオを聴くのが習慣になったのもこの頃だ。

そんな日々にも慣れた頃
夕方になると、いつも外から笛の音が聴こえてくることにふと気づく。
上手ではないけれど、夕焼けに合う懐かしい音。
口笛とはまた違う音色。

どこから聞こえるんだろう?と不思議に思っていたら
ある日、その音が聞こえる時はいつも同じおじさんが通ることに気付いた。
その人は、私がシャッターを開けたり
花に水をやっている時に必ず挨拶をしてくれるおじさんだった。
あぁ、いい町にお店を出せたなぁと思った。

店の前の道に人通りが戻っても
世間があの日々を忘れたように日常を取り戻しても
今もおじさんは変わらず笛を吹いて通って行く。

3年以上経ってもわからないのは
あの笛がどういう笛なのかということ。
手を使わずに奏でているような気がする。
今度聞いてみようか。

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