電子回路で複素数を使う理由2(フェーザ記法2)

前回の議論で交流回路のコンデンサやコイルは電流がcosの形で書かれていても電圧はsinの形で書かれ、電圧ー電流特性を単純比例関係で議論することができないことを述べました。しかしこれでは回路中の電流と電圧の形を考える際に毎回微分・積分する必要があり、少し扱いにくいです。そこでなんとか単純にこれを扱えないかということで複素数を使うということが行われます。

1.オイラーの公式

世の中では最も美しい恒等式として有名なオイラーの公式ですが、美しさだけでなく実用上大変役に立つ式でもあり、電子回路の分野でも使用されています(ちなみに私は留数定理やコーシーの積分定理より美しい式はないと思っている派ですが)。虚数単位をjで表すとオイラーの公式は以下の式で表されます。

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今回の議論ではこの式を使って電流や電圧を表す方法を考えます。まず、電流や電圧といった物理量は虚部を持たないので、虚部は無視して実部だけあっていればOKと考えてみましょう(気持ち悪いかもしれませんが、本当にこれでよいのかは後で考えましょう、の精神です)。
するとe^(jθ)はそのままcosの関数を示すことになる一方、sinの関数はe^(jθ)の虚部なので、以下の式のように虚数jをかけてあげることで(符号は逆ながら)、実部をsinの関数にすることができます。

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ここまでは虚部を勝手に無視してきましたが、無視するのではなく実部だけをとるという操作を導入することで数学的により厳密な表現ができます。つまり今までの議論からcosの関数とsinの関数はe^(jθ)を使って以下の表現で表すことが可能と言えます(花文字のRは実部をとるという記号)。

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次の節からこの式を使った電流ー電圧特性について考えていきましょう。

2.オイラーの公式を使った電流ー電圧特性の表現

まず、コンデンサに流れる電流i(t)をオイラーの公式を使って記述してみましょう。電流はcosの形で書けることを想定しているので以下の式のように記述できます。

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この時にコンデンサの両端にかかる電圧v(t)はsinの形で表現されるため1節の議論から以下のように表現することができます。

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このようにi(t)とv(t)をオイラーの公式で表現すると、最後に実部をとるという操作が必ずあるので、実部をとる前の段階まで計算を先に行い、最後の最後に実部をとることにすれば式の見た目を大きく簡略化できます。また、実部をとる操作自体は非常に簡単なことから、この方法で考えることは実用的でもあります。
このとき、最後に実部をとる必要があるというルールを忘れないため、今まで小文字で書いていた係数i_0を大文字で書くということが慣例で行われます。その結果、電流I(t)とV(t)を下の式のように簡略化します。

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ここでしれっと電圧の式に新しく係数V_0を導入していますがイメージはわかるかと思います。I(t)とV(t)の振幅I_0, V_0を比較すると、コンデンサの電圧ー電流特性が得られ、これは以下の式のようになります。

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同様にコイルについても考えると、以下の式が得られます。

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このように、電圧と電流の係数を複素数で表し、計算が終わった後に実部をとることを前提にしつつも、まだ実部をとっていない状態の表現方法をフェーザ記法ベクトル記法と呼んでいたりします。
この電圧ー電流特性が何を示しているのかは次回説明したいと思います。

3.何をやったのか

コンデンサやコイルではcosの電流を流した時に電圧の形はsinになってしまうため、単純な比例関係になく電圧ー電流特性がうまく表現できないというのがそもそもの問題でした。そこでcosとsinを指数関数に置き換えて最後に実部をとることでこれを解決しました。具体的には、虚数単位jをかけるとcosとsinが入れ替わるため、係数を複素数にすることで単純な掛け算でコンデンサやコイルの電圧ー電流特性を記述することができるようになったというのが今回の議論の本質になります。

補足.虚部を無視してもよいのか?

今回の議論の出発点で、「電流や電圧といった物理量は虚部を持たないので、虚部は無視して実部だけあっていればOK」というところがありました。この部分について補足しましょう。
議論の出発点では考えやすくするために虚部を無視という形から始まりましたが、実部をとる操作を最後に行うことに決めてしまえば、たとえ虚部がどんな値をとったとしてもその情報が表に出てくることはなくなります。言い換えれば、「電流や電圧といった物理量は虚部を持たないので、虚部は無視して実部だけあっていればOK」を無理やり正当化するために導入したルールが「実部をとる操作を必ず最後に行うこと」であり、しかもこのルールで数学的に矛盾せずに電圧ー電流特性を表現できるため複素数による表現が電子回路の世界で使われています。

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