特性インピーダンスとは何なのか

 高周波回路について議論する際、特性インピーダンスという言葉がよく現れます。今回はこの特性インピーダンスが何なのか、について議論したいと思います。

1.電子回路にかかる電圧と流れる電流の関係

 下の図のように出力インピーダンスZ_outを持つ電源(スイッチ付き)と入力インピーダンスZ_inの負荷の間を、とある長さLの電線でつないだときを考えてみましょう。ここで、議論を単純にするために電線は損失が無視できるほど小さい(たとえば超伝導体でできている)ということにしておいてください。

02_実験系

 この回路のスイッチを入れた場合、負荷の入力インピーダンスZ_inと電源から供給される電圧Vに応じて、オームの法則を満足するよう以下のような電流Iが流れることになります。

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 ではスイッチを入れた直後からこのような電流が流れるのでしょうか。結論から言うとそれは違います。たとえば、電線の長さを1光年(光の速さで到達するまでに一年かかる距離)という途方も無い長さにしたときのことを考えてみましょう。この場合、信号は光の速さで伝わるためスイッチを入れてから信号が負荷に届くまで一年かかります。つまり信号にとって一年経過するまでは長い線路の先にどのような負荷がつながっているのかわからないということです。スイッチを入れてから一年以内に誰かが負荷を取り外すかもしれませんしそうでないかもしれません。信号源から負荷の状態がどのようになっているかわからないので、信号源から流れ出す電流は負荷の状態に依存しない値になるはずです。

02_実験系A

 では、スイッチを入れた直後の電流が何で決まるかと言うと、電線の形や寸法で決まります。この電線の形や寸法で決まる電圧・電流特性を一つのパラメータZ_0にまとめたものが特性インピーダンスZ_0というものになります。スイッチを入れた直後に電圧V_+の信号が特性インピーダンスZ_0の線路を伝わる時に流れる電流I+は以下の式となります。

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2.境界条件としての負荷

 前節でスイッチを入れた直後の電圧と電流の関係が特性インピーダンスで決まることを説明しました。しかし最終的な電圧と電流の関係はやはり負荷の入力インピーダンスによって定まります。特性インピーダンスで決まる電流から負荷の入力インピーダンスで決まる電流になるまでの間に何が起こっているのでしょうか。

 負荷に到達した信号は負荷の両端で負荷の電圧・電流特性を満足させなければならないため、負荷の入力インピーダンスと線路の特性インピーダンスが異なる場合は辻褄を合わせなければなりません(物理の言葉でいえば境界条件を満足する必要がある、といいます)。電圧や電流は突然消えたり発生することはできないため、負荷で信号の反射が起こりこの辻褄合わせを行います。その結果、図中右向きの電流I+の一部が負荷に流れ込み、残りは反射して左向きに進む電流I-を発生させます。この時I+とI-の関係はキルヒホッフの法則より次の式を満足します。

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 また、反射した電流I-は電圧V-を伴った信号として伝搬し、その時の電流と電圧の関係もやはり電線の形や寸法で決まる特性インピーダンスで決まるため、全部で以下の関係式を満足することになります。(電圧が足し算で電流が引き算になっているのは、電圧には進行方向と正負に関係がないのに対して、電流は進行方向そのものが正負に直結しているため)

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 これら4つの連立方程式を解くことで負荷においてどの程度の反射が発生するのかを示す式を得ることができ、その結果が以下の式となります。この時の入射波と反射波の比をそれぞれ電圧反射係数Γ_v、電流反射係数Γ_iと呼び、負荷の大きさと特性インピーダンスだけで求めることができます。

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02_信号の反射と電圧波形

 負荷で反射した信号は今度は右から左に伝わっていきますが、電源まで伝わると電源の出力インピーダンスで辻褄合わせが必要になり(境界条件)、さらに反射が発生して右向きの信号を作り出します。こうやって線路の中を何度も反射を繰り返していくことで、最終的に負荷の入力インピーダンスを満足するような電圧・電流特性が回路全体でみられるようになります。

 たとえば、ロー出しハイ受けとして電源の出力インピーダンス10Ω、負荷の入力インピーダンス1MΩとして、伝搬遅延時間10ns(信号が到達するまでに10nsかかる長さ)の50Ω線路を考えます。この時、1Vの入力電圧をかけたときの負荷にかかる電圧V_inは以下の図のように一度大きくオーバーシュートをした後に振動しながら入力電圧1Vに収束していく様が見られます。

02_特性インピーダンス

 この振動の周期Tは信号が線路上を往復する時間2t_dと関係しており、2往復で1周期という関係になっています。

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 ちなみに、特性インピーダンスはいつでも考える必要があるかというとそうではありません。上の図のようなオーバーシュートや振動は線路の長さが長い場合には大きな影響を与えますが、とても短い線路では一瞬で収束するためほとんど問題になりません。このとき、線路が長いか短いかの判断基準は信号の周波数f=1/T(波長)と関係するため、高周波回路では特性インピーダンスが顔を出すことになります。

 なお、低周波回路でもオーバーシュートによって素子にかかる電圧が定格を超えて故障の原因になったり、デジタル回路でチャタリングのようにHとLを繰り返すような誤作動の原因になったり、高い周波数のノイズとして周囲に影響を与えたりといった影響は否定できません。このような点を考えることはシグナルインテグリティと呼ばれており、昨今の低電力回路では重要になってきているようです。この点から低周波回路でも特性インピーダンスを考えることもあるらしいです(ごめんなさい専門外です)。

3.特別な場合の反射係数

 反射係数の特別な場合として、負荷が開放(∞Ω)の場合と短絡(0Ω)、特性インピーダンスと一致する場合を考えます。

 負荷が開放の場合、負荷に流れ込む電流は0Aになります。このためには入力電流I+を反射電流I-ですべて打ち消す(電流がすべて帰ってくる)必要があるため、電流反射係数は-1である必要があります。これは電流反射係数の式にZ_in→∞の極限をとった時の結果に合致しています。

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 負荷が短絡の場合、負荷にかかる電圧が0Vとなります。このためには負荷に入力する電圧を反射波ですべて打ち消す必要があります。その結果、電圧反射係数は-1である必要があります。これは電圧反射係数の式にZ_in=0Ωを入れたときの結果に合致しています。

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 負荷が特性インピーダンスと一致する場合、入力波の電圧・電流特性と負荷の電圧・電流特性が一致します。このため電圧と電流は無理なく負荷に入っていき、信号が反射して辻褄を合わせてあげる必要はありません。これは信号が反射する必要がない、つまり反射が発生しないことを意味しており、電圧反射係数(電流反射係数)は0になります。

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4.高周波回路の場合(予告)

 今までの議論は「特性インピーダンスって何?」というところをメインに据えたため、わかりやすさ重視で直流信号で考えてきました。高周波信号の場合ここからさらに、場所によって電圧の瞬時値が異なるという要素が計算を複雑にしていきます。この結果、複雑ではあるものの高周波回路特有の面白い特性が現れてきます。しかし今回は仕事が忙しいため次回以降、この部分について議論していきたいと思います。

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