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シライで引き出すいい表情

もう何年も電車通勤をしている。変化に順応できない自分は、ほぼ毎朝おんなじ時刻の電車のおんなじ車両のおんなじドアから乗ることにしている。

すると、そんな行動をとるのは自分だけではなくて、「いつもそこにいる人たち」の姿や仕草が朝ドラのキャストのそれのように勝手に記憶に刷り込まれていく。ヒロインでもいれば楽しいんだろうが、登場するのは自分を含めくたびれたオジサンエキストラばかり。

目の前に座っている女性もよく見る顔だ。整った顔立ちで、小綺麗にしているんだけど、いつ見てもどこかつまらなそうな表情をしてる。雰囲気を漢字二文字で表すと『友近』って感じかな。

長いこと電車通勤を続けていると、不可能が可能になるって事を実感する。学生時代に何度チャレンジしても成功できなかった、つり革を掴んで立ったままの居眠り。できるようになったと学生の頃の自分に報告してやったら、喜んでもらえるんだろうか。

その朝も立ったまま器用にウトウトしていたらしく、不用意な揺れに驚いて持っていたスマホを手から飛び立たせてしまった。

直前まで居眠りをしていたにもかかわらず、手を離れたスマホの描く軌跡は鮮明に瞼に焼き付いている。ひねりを加え回転しながら弧を描き着地するそのさまは、さながら床運動で跳躍する白井健三のようだ。

着地まで見事にキマったスマホを拾おうと伸ばした手を、慌てて引っ込めた。着地したのは『友近』の胸元だったのだ。

その時、ハッとしたようた彼女の表情が花が綻ぶように一瞬だけ『大島優子』になったのを僕は見逃さなかった。(ヘビーローテーションのPVの時みたいな↓な感じ)

記憶の前後関係が曖昧で、彼女の中から『大島優子』を出現させたのが、スマホの【後方伸身宙返り4回ひねり】を目の当たりにさせたからなのか、突然胸元に僕の手が伸びてきた事に対する驚きからなのか、はたまた全く違う理由なのか、知る由もない。

この一件があってから、彼女と車内で顔を合わせると会話こそまるでないものの、お互い会釈を交わすような間柄(というには勘違いも甚だしい事極まりない)になった。ただその時の彼女の表情は相変わらず『どこかつまらなそうな友近』のままで、『大島優子』を一秒でも長く出現させるためには、何がスイッチになるのか、すこぶる気になるのだ。

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