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命懸けで恋した女たち。

私は大正時代が好きだ。明治の混乱が終わって、大衆文化が花開き、人々に余裕や豊かさが生まれていた時代。
女性の着物や装いも可愛くて、職業婦人が生まれ、女性の社会進出が始まろうとしていた頃。戦争が始まるまでの昭和初期くらいまでは、大きな変化を前に束の間の
安泰を享受していた。

そんな大正時代の恋愛事情。いつの時代も人々はゴシップ好きで、心中事件や
後追い自殺やさまざまな恋愛事件が勃発する。
娯楽がまだあまりない時代でも、現代でも、人々は命懸けの恋を応援したり蔑んだり、嘲笑したりといつの時代も恋愛は人々を飽きさせないエンターテイメントだ。

イラストもとてもかわいい!!

平塚らいてうは、まさに現代の女性なんじゃないかと思うくらい革新的で、結婚という制度に疑問を持ち、入籍しないまま共同生活を始めた”運命の人”奥村博史と、子供も設けている。今で言う事実婚状態だ。当時、恋愛から入った自由結婚は不道徳と言われ、世間では相当バッシングされたようだがらいてうの決意は固かった。それほどふたりの愛に自信を持っていた。

この時代はちょうど、自由恋愛ができるようになり、今までの結婚制度に疑問を持つ人が出てきたり、恋愛観結婚観が大きく揺れていた時代で、現代と酷似している。

女性が人ではなくモノでしかなかった時代の代表のような結婚制度。
自分達女はモノではなく人間なんだという、それを主張したくて
結婚制度に反発してNOを突きつけていたのではないか。
その証拠に彼女は、長男が兵役につくときに不利があると知った時は婚姻届を提出したという。

婚姻関係になることが真実の愛だと言う人もいれば、
法律に縛られない、感情だけが真実の愛だという人もいる。

これは正直私もどちらが正しいのかわからない。
三島由紀夫は愛について、愛の形は公認されると純粋ではなくなると説いた。
世間の作った枠の中に収まったただの既製品になってしまうのだと。

つまり、結婚という世間に認められたものは、純粋な愛ではなくなる。
それが本当に愛なのか。義務を伴った愛って純粋なのか。

三島由紀夫は恋愛についても、
社会と恋愛は対立する形が美しいとも述べている。

この大正時代の女性たちは、一人一人が恋愛を通して社会にNOを突きつけていたのではないか。わたしたちを馬鹿にするな!と。

いつの時代も女が社会を変えていく。命懸けの恋愛をした女が社会を変えていくのだ。恋愛の主人公はいつだって女性で、男は添え物にすぎない。
だからこそ、、それがわかっているからこそ、社会は女性を結婚に縛り付けるのではないのか。

ということは男は女の恋愛のすざまじいパワーに怯えているということになる・・・社会を変えるくらいの凶器であると。

陰陽五行では、男性が太陽で、女性は月。男女は陰陽のバランスで保たれているものなのであるが、
らいてうは、「原始、女性は太陽であった」と著書で述べている。

男女陰陽説はあくまで相対的なものであり、絶対的なものではないのだと。
女性が陽になれば男性は陰になり、世の中を変えていけると。
だから女性たちに対して、目覚めよ、陰から陽になれよという主張だったのかもしれない。

命懸けの恋愛をして世の中を変えていった大正時代の女性たち。
今の時代もまさに女性が陰から陽に変わるような、
そんな時代の劇的な変化にさらされている。



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