夏

未来 東京大会2018記録(前編)

 短歌について学んだことや考えたことを、忘れないうち――熱々でないとしても、ほどほどにやわらかい、ぬるい鉄であるうちに書き留めようと思いました。noteを始めてみます。

 2018年8月25日・26日「未来」東京大会。

 今年のテーマは「『未来』創刊期の歌人たち――女性歌人を中心に」ということで、フェミニズムの機運が高まっている昨今でもあるし、個人的にも女に生まれたわずらわしさをそれはもう感じていて、特に参加したかった。感想を最初に書いてしまうと、取りあげる歌人をこと「女性」に限定したことで、むしろそのバリエーションやコントラストが非常にはっきりしたと考えます。女であるからと、あっけなくひとくくりにすることとは正反対の結果が招かれたというか。読む側(つまり私)がうっかりしていると、”古い歌”はどれも似通って見えてしまうことがありますが、そのような場面はまったくありませんでした。等しく高度な教育を受けてきたというアララギ的な宿命はあるにせよ、ひとりひとりのパーソナルな特長に接近する読みが、この日実践されたのではないでしょうか。

 対談は大島史洋・大辻隆弘(以下敬称略)。この後のシンポジウムで取り上げられる歌人の代表作を、写真資料と見比べながら読めたことがよかったです。個人的には、近藤とし子、河野愛子、山口智子、川口美根子は名前と作品、多少のエピソードを知っているために、なじみある未来の歌人という感覚がありました。彼女たちの背景が肉付けされたことはもちろん、そうでない作者についても知識がほぼない状態から、つぎつぎに歌人としての姿が立ち上がってきたことへの驚き。対談とシンポジウムまで終わるころには、すっかり見知った人であるような気持ちになりました。
 対談の終わりごろ、きさらぎあいこの会場発言が、強く印象に残ります。真下清子が土屋文明欄にいきなり3首も掲載されて(ふつうは選歌で落とされて1首)、衝撃的なデビューだったということ。以後もつねに欄頭をかざるエース格だったこと。この鮮やかな証言に立ち会うことができたのは、大会ならではの幸運だと思います。加えて、きさらぎのこのような記憶は、雑誌というメディアの特性――一覧性がある反面、紙面の情報量が限られていて編集の妙が問われること――などに起因するのだろうなと、800号にわたる「未来」の歴史に感じ入りました。
 そして、この日の登壇はなかったにも関わらず、岡井隆の存在感といったら。「未来」の、あるいは戦後短歌のことを学んでいると、やたらと岡井のもやもやした人間関係につきあたります。そのあたりの話に差し掛かると、私はどんな顔をしていていいのかわからないけれど、かたやそれなりに下衆な好奇心も伴った気持ちで、熱心に聞いてしまう。

 ◆

 シンポジウムは田中槐(司会)、山崎聡子・森田志保子・飯田彩乃・本条恵(以上パネリスト、一巡目発表順)。パネリスト一人につき二名の歌人を担当して発表が行われました。以下に書いたのはパネリストの発言内容ではなくて、各人のよくまとめられた発表を聞きながら私がぼんやりと考えたことです。

1) 川口美根子
 私(山木)が未来に入会したのが2009年、「マリオン集」の川口美根子が選者を辞したのが2010年1月とのことで、実はほんの少しだけ川口欄というものを目にしたことがあります。

  朝の階のぼるとっさに抱かれき桃の罐詰かかえたるまま
 歌会のように一首ずつの歌意や語法・韻律をくわしく読んでいく時間はとてもなかったけれども、衝撃を受けた歌。現代的な、ドラマのような場面。「朝の階のぼる」→「とっさに抱かれき」の語順が衝撃をそのまま読者に叩き込んでくる。きびきびした場面転換は、漫画のコマ割りのようにも。よく考えれば「抱く」と「抱える」は同じ漢字を使うことができるし説明っぽい歌になりかねないのだが、後者をひらいてあることで「桃の罐詰」を抱える〈私〉と、〈私〉を抱く人のイメージがしつこくなく展開される。淡い朝日が差し込むような色合いがある。


2)河野愛子
  口元に手をやるたびに袖口の白きレエスがこころよかりき(「ほのかなる孤独」より)

 第一歌集以前の初期作品より。いかにも上品な所作で、ほほ……とでも聞こえてきそう。深窓の令嬢という表現がぴったりだが、創作にかける野心が底光る。この時代の「レエス」がどういう位置づけの素材だったのか気になる。

  楽しさの極みの中に渋面を作りてみたき衝動ありぬ(同上)

 やっぱり。河野にとっての創作・短歌とは時折我慢できなくなる「渋面」であり、「突飛なる行動」(「何事か突飛なる行動のとりたしと吾が呟くを師の笑ひ給ふ」・同上)の一つだったのかもしれない。

 河野の歌は前衛の風をまとった技巧的、象徴的なものという印象があったのだけれど、この日読んだ歌からはなんともほの温い伸びやかさを感じました。

(後編へ続く)

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