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支援級か、支援学校か。

まず、
はじめにお伝えしておきたいのは
タイトルにもある「支援級か、支援学校か」は

どちらかを薦めたり、
否定したり、
贔屓したり、

そういう話ではない、ということです。

あくまでも
私が長年、保育士として働き、
保育や療育を通して子どもたちを見たときに
率直に感じた疑問やジレンマなどを
打ち明ける機会として記してみた、
というものです。

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保育士30年、
療育施設で働いて1年と1ヶ月あまり。

日々、子どもたちと過ごす中で
「療育とは何か」
「何が大切なのか」

を感じながら働いて来ました。

そして、よく考えることは

「支援級か、支援学校か」

という問題。

療育として放デイに通う子たちを見ていると

・何が子どもにとっての幸せなのか
・今の環境は子どもに適しているのか

ということを感じます。

例えば

自閉症スペクトラムの特徴に
あてはまるような特性を持つ子がいたとします。

・両手をヒラヒラパンパンさせる反復行動
・感情が表情として表出されにくい
・たびたび手の平を見る行動
・オウム返しが多い
・基本的にひとり遊び
・コミュニケーションが苦手
・気に入ったものへの拘りが強い
・変更に対応することが苦手  など。。。

特別支援学校2年生の例①

一見して、
「典型的な特性ですね」
と言われやすいもので、
特別支援学校へ通う2年生です。

一方で、次の特徴もあります。

・生活の行動リズムがルーティン化しやすい
・一度経験したことが記憶に残りやすい
・言葉のやりとりが会話に発展しやすい
・トイレ、食事、着脱など、生活面が自立している
・教えれば理解し、覚えることができる
・表情はあまり変化しないが、感情は言葉として表すことができる
・興味が向くと、友達の遊びに交わることができる

特別支援学校2年生の例②

生活面の自立や、
記憶したことのルーティン化、
コミュニケーション能力の向上、など
 
生きていく上で
必要な生活力は備わっています。

文字書きや計算はできないけど、
一度興味関心が向けば急速な成長が見られます。
現に、
看板のカタカナを正確に読むことにハマり、
標識などにも興味を持ち始めています。

指示を受けて行動したり
決められたことをこなしたりすることは
難なくできます。


今度は、
普通学校の支援級に通う
2年生の例を挙げてみます。

・目立って特性的な反復行動はない
・感情が表情として表出する
・友達に誘われれば一緒に遊ぶことができる
・特に拘りはなし
・多動や他害などの特性なし

支援級2年生の例①

一見、支援級で難なく過ごせそうに思えますが、次の特性もあります。

・オウム返しが多い
・言葉の理解が低く、会話にならない
・友達の表情や言葉の意味を理解することができないため、本児のしたことで泣いたり嫌がっていても認識できずトラブルになりやすい
・文字や数への興味が薄い
・トイレは自分で行けるが、鍵の開閉が理解しにくかったり、力が入れられず困難
・知的な面での発達が乏しく、会話の理解に成長が見られない

支援級2年生の例②

この場合、
生活力としての能力はかなり低く、
自立に向けての道のりが長いのでは…
という懸念があります。

療育施設で
このような子たちを預かっていると

果たして
今の環境は適しているのか?
という考えが生まれます。

支援級の職員も
支援学校の職員も
学校によって様々で、
特性理解の低い先生がいたり
子どもの困りごとを把握していない、
そういう場合も往々にしてあります。

どちらが良い・悪いという話ではなく、
特性の把握や見極め力がないと

子どもにとって、実は
苦しい日々を過ごすことになっていたり

理解されない特性を抱えたまま、
なんとなく過ごしているだけになったり

そういうことが見え隠れするのです。

とは言え
保育の現場でも
療育の現場でも
保護者に直接どちらの方がいいという話をすることはありません。

日々子どもを見て、接して、感じて、
いま子ども自身が困っていることを
そのまま伝えることで
保護者が何を感じ、どう行動するか

それが子どもの環境を作っていくのです。

子どもの困りごと
と、言葉にするのは簡単ですが
実際には
子ども自身にも分からない場合があります。

そういう意味でも
子どもの保育や療育に携わる我々の
高いスキルが求められるわけですが、

では、そのスキルとは?

それは、また
おいおい話していくことにしましょう。

最後まで読んでいただき、
ありがとうございました☺️


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