第5章 利益の源泉

 長期的な利益や収入の獲得には、市場シェアを確保して競合との差別化に成功を続けなければならない。日本にはかつて26年間連続して収益拡大を図ってきた企業がある。景気循環の波を受けて、売上減収時期にも利益確保を続けて企業は花王である。
 花王の強みは製販物の協調体制にあると言われてきた。製造部門、販売部門、物流部門の連携により、新商品の投入時期や競合企業の動向や店舗店頭の市況を素早く掴んできたと言える。
 新商品研究にも熱心ではあるが、競合との投入タイミングをベストの状況を図りながら、自社で構築したサプライチェーンをうまく回し続けてきたせいかと言える。カネボウなどの事業提携や引取を行うまでは、連続好決算を躍進し続けてきた。利益の源泉が必ずしもシェアや売上の拡大だけに限らないことの証明を、花王は果たして来ていると言えるだろう。作る力、売る力、運ぶ力のバランスが確立できたとき、サプライチェーンの成功と呼べるだろう。

第1節 市場シェアと競合対策
 
 市場シェア競争はビール業界にみるように苛烈で継続的である。類似価格、類似商品、機能や性能が似通っている場合には、店舗内棚のシェアや飲食店カバー率など、全てにおいてシェアが最優先になる。シャア拡大に欠かせない物流の配下力(適時適量を継続的に納入できる能力)が効奏するものだ。ビールの新用品開発は経年活動であるが、仕様が決まりでデザイン缶やブランドラベルが仕上がればビールそのものは3週間程度の醸造で完成するという。
 ボトリングを行えばすぐさま店頭に配送可能となるわけだから、新商品の企画は競合の動向を踏まえて営業戦略立案、同時にデザインブランド構築、CM広報を続けるうちに醸造と物流計画の立案が進むであろう。
 市場シェアを獲得するには、強者の戦略と呼ばれるような圧倒的な物量や価格戦略、販売網の構築などが必要であり、前述した松下電器の店会店制度やトヨタの販売網構築における圧倒的な広告宣伝と店舗立地によって、「どこでもある、いつでも買える」状況の創出が必要であった。類似の販売マーケティング手法はコカ・コーラ、ネスレのインスタントコーヒーなどの商品群にも見られる手法である。
 特徴は量と価格による市場制覇であり、巨大企業パワーの為せる手法であった。昨今では食品業界においても、ナショナルブランドよりプライベートブランドの台頭が見られ、好評だという。市場シェアよりも供給シェアにシフトが始まっているのではないだろうか。
 ナショナルブランドを維持するためには、莫大な広告宣伝費と販売組織網の整備など、圧倒的な経費の上にしか成り立たないから、デフレ期の販売戦術としては生産能力の維持のためにもPB商品開発や専門営業部隊の創立が有効と言えるだろう。製造利益、販売利益の二兎を追うことから、製造利益に焦点を当てようというものでと推察できる。
 
 このような巨大製造業に見られる動向は、固有のものとは限らない。つまり市場シェアからOEM供給などの実質製品シェアに向かうのは、昨今では化粧品、家電製品、アパレル製品などの多方面で観察されており、依然として経済原則は規模の経済性追求にあると言えるのであろう。
 そのため、新商品の開発や投入にあたっては、初めから量産価格を想定した価格戦略が目立つように感じている。原価の積み上げではなく、市場許容の価格(類似商品の6割引というインパクト)で提供できるよう、赤字覚悟の新商品投入で市場シェア、店頭棚シェアを獲得してからのマーケティングという手法を支える物流の配下力が大きな影響力を持っている。
 ビジネス競争では規模の経済性を発揮できる分野に経営資源を投入して、市場シェアを狙うのが正攻法と言えよう。しかし、時代の変遷とともにこの様な手法が効奏しない、もしくは正解とはなりえない現実が生まれてきている。
 それは、経営学ではイノベーションのジレンマに代表される、圧倒的シェアによる安泰を感じている間に新機軸の登場によって急激にシェア喪失を招くという事態である。
 クレイトン・クリステンセンが発表した『イノベーションのジレンマ』では、大企業が一瞬のようにしてシェアを失い、凋落してゆく様子を分析した。競争の源泉が一気に失われるのは、内部崩壊ともいえる市場や社会の認識不足、経営人材の問題点として指摘されている。
事例として、次のよう企業が紹介されている。

 ●8インチ、14インチのハードディスクのシェア
 ●コンピュータの競争(大型、ミニコン、PC)
 ●コダックのカメラデジタル化遅れ

第2節 販売拠点の分散化、物流倉庫の開放

 新規参入者によるイノベーティブな競争が始まるまで、経営の基本は規模の経済性追求であり、市場シェア獲得にある。急激な成長とシェア獲得を目指した企業にアマゾンがあるだろう。1994年創業ではあるが、当初から一気に事業の拡大を目指しており、赤字投資の対象は物流センターにあった。
 書籍や日雑品のネット販売を行うために全米に物流センターを開発してゆく姿は、事業収支を考慮しない冒険経営とも言われていたが、結果的には唯一無二の勝利者として君臨するようになった。

 1997年(平成9年)5月14日:NASDAQに上場を果たし、初値は1株18ドルをつける。
 1998年6月:ミュージックストア開設し音楽配信事業に参入。英国とドイツにてサービス開始。
 1999年(平成11年)6月:ユーザーが累計1000万人に。
 1999年9月:米特許商標庁でワンクリック(1-Click)特許が認められる。
 2000年9月:航空宇宙企業「ブルーオリジン」を設立、有人宇宙飛行を目的とした事業を開始。
 2002年(平成14年)7月:クラウドサービス「Amazon Web Services」(AWS)を開始。
 2007年(平成19年)11月19日:電子書籍リーダー「Amazon Kindle」を発表。電子書籍販売サービス「Kindleストア」(Kindle Store)を開設。
 2009年(平成21年)11月:靴のネット販売大手「ザッポス」(Zappos.com)を買収。

 全米に140拠点を配置している絨毯攻撃のフィールドプレス戦略は、巨額な設備投資が為せる技であり、日本企業が追随をためらうものである。
「輸配送能力のある日本で、複数の物流拠点を配置するのはコストアップ要因だ」
 という主張が長く続いてきたと言えるが、時流は大きく変わってきていると感じている。それは、輸送トラックドライバー問題から始まった「運べない物流危機」の発生である。中長距離ドライバー不足から、輸送における総量規制が始まった、もしくは急激な運賃上昇が発生しており、従来のようにハブ拠点から全国への配送網構築が非常に難しい環境になっている。
 そのため、日本アマゾンや楽天市場などの大手EC通販事業者は、物流センターからの近距離配送網を自家用トラックや新規事業としての軽トラック事業者を組織化し始めている。
 
 今後はこのような傾向が続くことが予想され、従来型の集約拠点からの全国配送から、地域ごとの配送拠点から近距離配送、自営物流活動による配送形態へ変化するであろう。
 大手宅配事業者(ヤマト、佐川、日本郵便)などの料金上昇もあり、自営配送と委託配送の組み合わせ選択が、物流コスト問題の主要なテーマになることであろう。
 また最近では、個人売買のC2Cネットワーク(メルカリ、オークション)などの成長が急激であり、こちらの傾向もあいまって、上空から見ればハブ拠点からの物流が多種多様な配送網を構成していることに気づくだろう。
 従来型の物流から大きく進化する途上にあると言える。
  


製造業から流通業へと商品製品がバトン連携されてきた原則論がここにきて崩れ始めている。以前からメーカー直販というスタイルもあったが、農業水産業が6次産業化をm目指したり、問屋の中抜きをするなどの多様な流通構造が登場するにつれ、ハブ単位のネットワークはD2C、C2C、またAmazonセンターのように、なるべき近くから到達させるというマルチネットワーク化は正に脳細胞のシナプス接続や自然界の姿にも似ている。
21世紀がこれほどの変化をもたらした結果は、情報通信技術の台頭にあっただろう。
集中のメリットは規模の経済性そのものであったが、分散化しても全体として統合整然とするためには、各分散拠点の動向や状況が連携できなければ混乱するだけである。
それぞれの連携が可能になっているのは、サイコサイバネティクスという情報技術のせいであろう。
 このように物流・ロジスティクスの従来からの機能や活動が変化していることを振り返ると、製造とは何か、流通とはどこまでの範囲なのか、という内省に基づき全体像を再構築する必要がありそうである。
そもそも、物流・ロジスティクスと製造工場との違いは、従来は就業人数によるものとされてきた。
多くの人が働く場所が工場であり、照明も暗く人手が少ないところが倉庫、物流センターとされており、事業所登録税などの違いがあった。
 現在ではこの様な認識は全く逆転しているといえよう。自動化、ロボット化の導入が進む生産工場に比べて、流通加工やピッキング、包装、梱包などの要員で溢れているのが物流センターといえる。
また、物流現場では入荷製品の検査や補正修理、出荷前のキッティングや負荷工程の追加など、工場ならではの作業が随分と織り込まれるようになっている。スーパーの食品物流センタ0−では、プロセスセンターという生鮮産品の加工、切り身、弁当作りなどの食品工場と物流の一体化がすでに見られている。
 保守サービスの事業体では技術者や営業マンと部品倉庫の一体化が行われ、営業と物流の再統合すら行われるようになっている。
 このように倉庫や物流施設が開放され、再構築の途上にあることを考慮すると、製造と流通の垂直統合もすでに行われていると見ることができる。

第3節 ソリューションの考え方

 「商品を売るな、サービスを売れ」、「顧客はドリルが欲しいのではなく、0.5インチの穴が欲しいのだ」(ブラック&デッカー社長談)一時期よく聞かれたセールストークである。

 経済学でも効用が購買決定の重要な要素である、と習ったが実際のところでは、何がどうなって購買行動が起きるのかの理解には程遠かった。価格?機能?便利さ?すぐ手に入るから?〜〜、消費における私達の行動は、必ずしも合理的ではなく、その意味でも行動経済学という分野が進化している。
 しかし、●章で紹介したように消費行動の価値が価格と機能だけではないことは理解できるであろう。生産財でも類似原材料との比較購買では、品質価格以上にいろいろな要素が挙げられている。
 私たちが商品購入を決定する際、漠然と購入後のイメージを持っているはずである。それは、課題や問題解決の道具であったり、何かの肩代わりであるはずだ。歩くより自転車、寒いから手袋よりマフラー、ダイエットのために生野菜よりスムージードリンク。
 商品の選択は私たちの身体の動かし方に非常によく似ている。駅まで歩くというように、明確な到着地目標を持って歩き始める場合とテーブルの上にあるグラスに手を伸ばすのでは、行動が異なっている。
 意識、視覚、筋肉動作、更に補正行動と、ヒトの動きは様々な情報をフィードバックしながら瞬時に修正を繰り返している。スーパーマーケットでの食品購入でも、同じように特定ブランドを探しながら、類似の商品棚に目をやり、判断し、なんとなく安いからそちらを選んでしまうなど、明確な意思を持っていても、視覚、理解、想像、判断、決断、という選択を繰り返して購買に至る。そして、満足する場合もあるが、いつものブランドを選ばなかったための後悔もする。

 商品選択は消費財であれ、生産財であれ、明らかに効用や問題解決のイメージをもたらせてくれるかどうか。しかも事前に承知しているか、手にとってから想像できるか、商品説明や取り扱い仕様書を読んで納得できるかどうか、という選択の行動である。
 ここにシーナ・アイエンガー博士の『選択の科学』という書籍が、私たちの行動原理を紹介してくれている。

 ●豊富な品揃えが小売業の勝利ではない
 ●消費者はあんがい、選択を避ける傾向にある

 
 小売業の成功法則は優れた立地と豊富な品揃え(在庫の積上げ)と言われ続けてきたが、シーナ先生の理論と実証研究によれば、多すぎる選択肢は消費者行動を抑制してしまい、「買い物を放棄する」ことが見られるというのだ。紅茶やジャムは数種類から数十種類まで展開している店舗を観察すると、少ない品揃えのほうが、遥かに売上が高いという実験が成立していたという。
 「美味しい紅茶」「朝食にふさわしいジャム」という課題を持って売り場に臨んだ消費者が取る行動は、<いつものアレ>か<比較するに程よい種類>であることのほうが重要だというのだ。
 品揃えはすなわち製造や物流の在庫問題に直結するから、この理論検証にはもっと関心を持つべきであろう。
 提供側にとっての効用や付加価値、ソリューションや課題解決のメニューとしての商品提案は、多すぎることによって逆効果になる、ことの証明は衝撃的でもある。ここに商品効用の考え方として、新しいマーケティングセオリーを紹介しよう。
 従来のマーケティング公式は、4Pと呼び、Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販売促進)の4つの要素で了解されてきた。どちらかというと商品機能を重視した
SAVEという概念である。

 ●Solution(ソリューション) :問題解決になることが分かりやすい
 ●Access(アクセス)   :入手が容易である
 ●Value(価値) :価格、機能、効用などの価値が分かりやすい
 ●Education(教育説明) :課題解決や価値、入手方法などの説明を分かりやすく行う

 それぞれの商品やサービスについて、SAVEの視点から明瞭な定義、説明、機能解釈を行うことが販売活動における重要な要素である。いかに品揃えを増やすまでもなく、ていねいなマーケティング手法の点検をこのSAVE視点で行うことが求められる。
 従来型の商品サービスであっても、SAVEの視点から市場や新顧客へのアプローチ点検を行うことで阿多やな販路の開拓が可能となることだろう。

第4節 キャッシュサイクルとは何か

 豊富な品揃えが必ずしも売上に貢献しないとすると、この事実は製販物すべての組織に有効に働く。いわば、作りすぎず、持ちすぎず、売り込みすぎないことが実際には利益貢献につながるという従来の常識を振り返ることになるからだ。
 品揃えの力学は、内外の圧力から生まれるものである。つまり、競合が新商品を投入したとか、販売部門から小売店舗の棚シェアを獲得するためにも新商品が必要である、という理論が展開されるものだ。
 適切な新商品の投入、既存商品の生産強化、販売促進など、すべての企業活動にはコストが必要である。しかも、社外から取り込まねばならず、企業はおよそすべてがコストの塊と見ることができる。
 そこで、コストを賄うためには売上が必要であり、売上総利益である差額利益が必要になるわけだ。しかも、コストを賄うためには財務上の利益(在庫や売掛金、キャシュ)ではなく、キャッシュと買掛金がどうしても重要視しなければならない。

 企業活動には一体どれほどのキャッシュが必要なのか、という視点で活動を振り返ると、企業所得は現金売上と売掛金売上、他社への貸付、投資の還元(利子配当)などがある。詳しくは会計専門家に委ねるが、企業活動にとって必要な資金とは、売上に欠かせない在庫投資と売掛金(売上てから入金まで)の資金が寝ていることになる。同時に在庫に必要な仕入れは買掛債務となって、支払いまでの猶予がある。
つまり、企業の財布を見立てると、在庫や支払いなどのキャッシュアウトと売上金の入金に相当するキャッシュインがある。
 このキャッシュアウトからキャッシュインまでの日数を計算することを、キャッシュ・コンバージョン・サイクルと呼ぶ。
 
 すると、キャッシュアウトからインまでにかかる日数は次の公式で計算できる。企業にとっての資金は、在庫と売上金入金までの売掛日数から、仕入れに係る買掛金の支払い日数で計算できる。

 CCC=在庫資金回転日数+売掛金入金日数―買掛金支払い日数 

 一日の販売金額を仮に10万円とする。
 仕入れを行い100万円分の商品を在庫。30日後に支払うとします(買掛金サイクル30日)
 在庫は100万円で10日分とする。
 売上は直ちに販売できて、代金は45日後に支払われた

CCC=10日+45日―30日=25日

 次の仕入れ販売の活動では、売上金が10万円として、25日分の250万円が不足する。

 足りない分は自己資本や借入金で賄う必要があるから、キャッシュサイクルが長い場合に急激な売上が見込まれて、在庫投資を行うと、売掛金回収までのキャッシュ不足が生じてしまう。
 黒字倒産というのは、資金が在庫になっていて、キャッシュ回収が遅れている状況の時に支払いが滞る状態を指している。

もし、買掛金は1月まとめて支払うように契約し(支払猶予は30日)、仕入れの頻度を上げて在庫を少なく(明日売れる分だけを在庫する)状況にあり、売上金もほぼ同時に入金されるなら、CCCの計算では
 1日+1日―30日=マイナス28日 となって、売上の28日分がキャッシュとして手元に残る計算になる。
 売上金が同日に入金されるなんて、対面販売の小売店としか想像がつかないだろうが、ECネットショップのクレジット決裁では、実際のところ現金化は2日から30日までの範囲で選択できるようになっている。
 このようにCCCを改善させ、投資余力を確保するためには在庫削減と支払い条件の緩和という政策手続きを行うことが望ましい。


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