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NASAに行って今に至るまで【中編:NASAに行った】

学部2~3年:生命の起源=究極の謎に挑みたい

覚悟を決めた人は強い(前編参照)。未知の学問、生物学の道を選んだ。後戻りはできない。ほぼゼロからのスタートなので、とにかく勉強するしかない。ここでやらなければ、この道を選んだ自分への面子が立たない。徹夜で勉強する日々が続く。部活後も必ず閉館まで図書館にこもる。おかげで生物学について大まかな理解ができた(と思う)。その頃、将来何をやるかを真剣に考え始めていた。最初は企業への就職の線もあったが、自分で人生を切り開く、やりたいことに忠実に生きると決めたので、その気持ちは自然と薄れていた。親も説得して研究の道、アカデミアの道に絞ったのはこの頃だ。

さて、何をやろう?そりゃあもちろん究極の謎の挑戦だ。その気持ちは昔から変わらない。では生物学における究極の謎とはなんだろう?起源だ。これは深遠で重要な問いだ。生物学に関わらず、自然科学の究極の謎と言っても過言ではないだろう。我々がなぜ生まれたのか、知りたくはないか?なぜ生きているのか、知りたくはないか?哲学的ではあるが、突き詰めるとそれらの問いは生命の起源という問題へ行きつくと僕は思う (さらに突き詰めると宇宙の起源へと行きつく。だから僕は宇宙の起源も同等か、それ以上に深遠で重要な謎だと思っている)。それなのにほとんど全くわかっていない。誰も解き明かそうとしていないわけではない。古代ギリシア時代のアリストテレスをはじめ、何千年も取り組まれてきた問である。それでも解き明かせないのだ。究極だ。そしてだからこそ人生を捧げる価値がある。

また、何事も本当の意味で理解するにはその基盤の理解は必須である。すなわち生命という神秘の理解に、その起源の理解は欠かせない。起源がわかれば生命と非生命の境目を(いくぶんかは)理解できる、それはつまり「生命とは何か」という問いに一定の解を与えることに他ならない、とも僕は思う。結局自分がなぜ存在しているのかを理解したいのだろう。何故かと聞かれてもわからない。でも同じように思う人は一定数いると思う。(ちなみに「僕」は生命の起源が究極の謎だと思っているけれど、それは皆と違っていて構わないし、きっと違う。むしろ違っている方がいい。一人ひとり違う感性がそれぞれ異なる分野で光を浴び、科学全体を育むべきであると僕は思う。)

そうだ、NASAに行こう

さて、生命の起源をやると決めた。どこに行けばできるのか?色々調べていると、これは宇宙生物学(アストロバイオロジー)という学問に分類されるらしい。恥ずかしながら聞いたことがなかった。何しろ当時は宇宙生物学を(特定の研究室ではなく)大々的に研究している、地球生命研究所 (ELSI, Earth-Life Science Institute) やアストロバイオロジーセンター (ABC, Astrobiology Center) といった研究機関はまだ発足していなかったのだ。良い時代になったものである。そしてさらに調べると、宇宙生物学はNASAが創った学問だとわかった。JAXAにも宇宙生物系の研究所があったが、少なくとも当時はかなり医学よりだったと記憶している。そこで僕は、NASAが宇宙生物学を創出し、かつ巨大な研究機関であることから、きっとNASAが生命の起源を研究するために最もふさわしい場所ではないかと考えた(今は、この考えはある意味では正しいが、必ずしもそうではないと考えている)。そしてNASAに行くことを決めた。 しかし、NASAというのは行こうと思って行ける場所なのか、、、それは当時の自分にとって雲の上の世界に思えた。

学部4年:NASAは意外と近い

学部4年次4月に生命の起源に近い研究をしている研究室に配属された。色々情報を収集すると、すぐに日本宇宙生物学会があることを知った。研究室からは誰も行かなさそうだったが、NASAのヒントが得られるかもしれないと思い、一人で参加することに。もちろんまだ何も研究結果はないので発表はせず、自費で大阪から徳島へ、初めて夜行バスに乗った。学会参加も初めてだった。学会はどうやら生命の起源よりも宇宙医学や宇宙植物学などがメインであったが、それなりに楽しめた。余談だが、無知とは恐ろしいもので、この学会は自分今までで(発表意外で)一番マイクを握った学会である。たくさん質問したし、大阪から来たので笑いもとった。最近は学会に行くと知り合いの方や尊敬する先生方ばかりなので、しり込みしてしまうことが多く、反省している。

さて、研究ポスターの前で熱心に質問していると、ものすごく顔が広いYKさんに目をつけていただき、そしてNASAで特に化学分野から生命の起源を研究されていたJKさんを紹介していただいた。おっといきなりNASAからの帰還者(しかも若い方)との遭遇である。思っていたよりもずっとNASAは近そうだ。色々お伺いした結果、博士を取ってNASAで研究したければ、日本学術振興会の海外特別研究員というものに採択されるのが一番簡単だということがわかった。これは「我が国の学術の将来を担う国際的視野に富む有能な研究者を養成・確保するため、優れた若手研究者を海外に派遣し、特定の大学等研究機関において長期間研究に専念できるよう支援する制度」である (海外特別研究員HPより引用)。簡単に言えばNASAであろうが、日本からお金を持っていけば拒まれないはずだとのことである。もちろんこれはNASAに雇用されるわけではないので、NASAで働くというよりは、NASAで研究する、が正しい。(ただし、NASAの数ある研究所でも生物系に強いAmes研究所は永住権が無いと正規雇用は不可なので、どのみちこれが、少なくとも博士卒業後しばらくは、最善の策の一つである。)なんとまあ、NASAで研究するためにNASAに雇ってもらう必要がなかったなんて。研究者の間では常識だろうが、まだ学部生だった自分には目から鱗であった。

さて、以上から海外特別研究員を目指すことにした。その後JKさんは別学会で、NASAで生物系の研究をされていたHさんを紹介してくださり、さらにHさんは当時現役でNASAで活躍されていたFさんを紹介してくださった。Fさんが帰国され参加される学会をチェックして、そのためだけに東京の学会へ足を運んだ記憶がある。そのような熱意があってか、FさんにはNASAに行くまでも行ってからも大変お世話になり、今でも共同研究等でお世話になっている。自分も移り変わる世代の中で、Fさんのように憧れてもらえる人になりたいものである。さて、これでNASA関係の方とのネットワークは数珠繋ぎ的に一気に繋がった。それはNASAがもはや特別な、手の届かない場所ではないことを意味する。一年前は全く想像できなかったことだ。一歩踏み出してみるものである。世間でNASAに行くことが夢物語のように扱われるのは、皆NASAに行きたいと思っても、根拠の乏しい理由で真面目にチャレンジしようとはせず、ただいつまでも夢に見ているだけだからではなかろうか。

博士前期1年~博士後期1年:NASA行くまで

海外特別研究員を取得するために研究を頑張っていた頃、当時のボスからインターンでNASAに行かないかという話を受けた。それも、当時発足されようとしていた大阪大学ヒューマンウェアイノベーション博士課程プログラムという5年一貫プログラムに採用されると海外インターンシップ (海外で研究する) の資金がもらえるらしい。海外特別研究員の話が本当なら、きっと日本から資金を持っていけばインターンもさせてくれるだろう。確かにインターンで一度見ておくのも悪くないと思い、この話に乗ることに(注:プログラムが大変魅力的だったことも一因である)。無事採用された。そして研究と英語を頑張る日々が続く (英語については番外編を参考のこと)。

さてNASAで具体的に何の研究をするか?誰の研究室へ行こうか(NASAも、少なくとも自分が行ったAmes研究所は、中に研究室がたくさんある)?実はNASAは情報をあまり明かさない。研究室のHPなども(少なくともAmes研究所では)存在しないのではないだろうか?そのため具体的に何ができるのか、どんな研究ができるのかなど、あまり手がかりがなかった。前述のFさんの当時のボスLがうちに来てもいいと言ってくれたが、当時の自分の研究と大きく異なるので断ることに。そしてある時、日本で開催される国際会議に、NASAの宇宙生物学研究機構のディレクターMが日本の学会に来ることがあった。そこで、その学会に参加してディレクターに直接研究を売り込み、Amesにインターンで行きたい旨を伝え、主任科学者Jにコンタクトをとってもらうことができた。幸いJからメールが届き、とりあえず面談しようということに。これがテレビ電話かと思いきや国際電話だった (オフィスを公開できないから?)。生まれて初めての国際電話だった。自分の研究内容を電話越しにプレゼンし、ぴったりの二名のPI (研究グループのホスト) MとAを紹介していただいた。その後彼らとスカイプ面接し、受け入れ許可をもらい、彼らの元へ行くことが決まった。その後、日本学術振興会のDC1というフェローシップにも採択され、申請研究に関連した研究をするということで、その資金を一部海外インターンシップ資金に合わせ、半年間NASA Ames研究所で研究した。もちろんNASAでは数えきれないほどの貴重な体験をし、楽しく充実した日々を過ごすことができた。NASAに行って自分がどう感じたか、特にその後の研究人生に大きく影響を与えたことについては、「後編」に書いた。

乗り越えるべき障壁は

ここまで読んでくれた方はお気づきだと思うが、インターンやポスドク (博士研究員) としてNASAで研究をするのは (見方によっては)難しくないだろう。当然自分も最初はNASAに行くのは無理かもしれないと思っていた。NASAという名前に圧倒されていたのだ。でも結果的にそれは先入観であり、僕がやったことはきっと、NASA以外に行きたい場所があったとした場合にもとるような行動を、NASAに対して行ったにすぎない。踏み出してみて初めてわかることであるが、我々が普段思っている以上に、乗り越えるべき障壁は小さいのである。

つづく

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