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NASAに行って今に至るまで【後編:NASAから帰って今まで】

NASA Ames研究所から帰ってきた。博士後期課程1年の終わりだ。ボスにも恵まれ、とても充実した楽しい研究生活を送ることができた。コネクションもたくさん増え、自分の人生に活きている。NASAという皆が憧れる場所で研究できたことは誇りに思うし、やっぱりその響きにとてもテンションは上がった。

皆、NASAはどれほどすごい場所だったのかと思うだろう。世界有数の最先端の機械が結集し、またトップシークレットの研究、例えば地球外生命体っぽいものを実はもう見つけていて今は検証段階で、、生命の起源にもあと一歩まで迫っていて、、などと想像しているかもしれない。夢を壊すつもりはないが、率直な感想は「思っていたより普通」だ。もちろんNASAでしかできないことはあるし、航空系はその傾向が強いのかもしれないけれど、少なくとも生物系に関して言うと、宇宙に生物(やそれに関連するもの)を運ぶ以外でNASAで研究することが他の機関と比べてものすごく有利になるようなことは無いと思った。NASAの研究所にも普通に研究室がたくさん入っており、それぞれで様々な研究が行われている。NASA政府機関ではあるが、中身はやはり研究機関であり、セキュリティがすごく厳しいという点を除けば、その実態は日本での理化学研究所などの研究機関とあまり変わらないだろうという気がした(注:理化学研究所で研究したことはないため、憶測である)。どちらでも充実した楽しい研究生活は送れるだろう。

NASAは神ではない—本当に重要なのは

今思えば当たり前のことであるが、NASAでしかできない研究というのは、少なくとも自分の分野では、中々考えにくい。NASA自身も、少なくとも宇宙生物系の予算は結構外に (厳正な審査の元) バラまいていて、どちらかというと最先端の研究を独自に進めるというよりは、世界の宇宙生物系の研究者を結びつけるハブとして機能しているような印象を受けた。たくさんの有名な人が訪れるし、歴史も深い。ちなみにNASAのことを否定しているわけでは全くなく、日本の理化学研究所だってアメリカのNASAだって、研究の質という観点からは似たような(どちらも同じくらい素晴らしい)研究機関だろうということだ。 (繰り返すがこれは生命の起源の、特に生物寄りの分野に限った話であり、他の分野では全く異なる可能性がある。航空系はやはりすごそうなイメージがある)。

さて、この経験から思ったことは、日本はNASAを神格化しすぎであるということだ。実際に訪れないとわからなかったことではあるが、別にNASAは神ではない。NASAは政府機関であるが故に情報を表に出さず、そのため自分も含め多くの人がNASAを過剰に美化し、間違った想像をしてしまうように思う。僕はこのインターンを通して、なるほど研究で重要なのは少なくとも名前ではないと感じた。では何が重要かと聞かれると、色々あるだろうが、少なくとも二つは「研究テーマ」と「人」だろう。どこで研究をするよりも何を研究するかが大切で、また誰と研究するか、そして自分がどのような研究者になると心掛けているかが重要であると信じている。これらが十分満たされるのであれば、NASAであろうと、NASAでなかろうと、素晴らしい研究ができると思う。

心から好き(で重要)だと言える研究を

ではPh.D.を取得したらどこでポスドク(博士研究員)をするか?実はNASAから帰る頃にはもう自分の中で答えは決まっていた。それが実際に行くことになるアメリカにあるポートランド州立大学のN研究室である。理由は二つ。N研では自分が生命の起源を解くために本質的にとても重要だと思うことを研究されていて(今までに読んだ論文の中で一番感動したのもN研の論文だ)、また修士1年の国際会議でNに会った時に彼の人柄に惹かれたからだ。会議の初日に話しかけ、その論文に自分がいかに感動したかを熱烈に伝えたということもあるが、自分の研究にもとても興味をもってくれて、自分の発表にも、同時並行の違うセッションをわざわざ抜け出して聞きに来てくれたのを覚えている。

結局、先述の日本学術振興会の海外特別研究員というものに採択されてNの研究室に行くことになるのだが、周りから色々と批判(?)は受けた。ポートランド州立大学に行くけれど、何でハーバード大学にしないの?何でスタンフォード大学にしないの?と結構言われたのを覚えている。もちろん皆は自分のためを思って助言してくれていたのだと思う。実際、海外特別研究員に採用されれば、名門大学でもほぼ間違いなく行けるだろう。カッコつけて言うと、自分はネームバリューよりも本当に心の底からやりたいと思ったこと(心の底から重要だと信じたこと)を優先した、となるのだろうか。もちろん名門大学の研究室はどれも素晴らしい研究、面白い研究をしていて、だから肩書きではなくその刺激を求めてたくさんの研究者がやって来るのは重々承知している。当時はたまたま自分のやりたい研究をしている研究室がなかったというだけであり、名門大学を批判しているわけでは全くなく、むしろ自分の興味だけに沿ってもそのような大学に行くのは自然なことだと思う。

ところでこの選択が全ての点で正解だったかというとそうでもなかった。もちろんNの思想を学ぶことができ、好きな研究をすることができ、全く後悔はなく幸せな研究生活だった。一方で、以前どこかに書いた「名門大学はやっぱり学生も研究員も教員も総じてレベルが高いはずで、そういう競争的環境に身を置くことは己を高める上でとても重要だろうとは思っている。その選択を取らない場合、もし環境が緩んだとしても、甘えず自分に負荷を掛け続けられるかは、難しい問題。ただ、それをやれる自信があるのだ。」というのは、実際は結構難しかった(頑張ったつもりではあるが)。博士課程に在籍した研究室の方が、それが同僚が皆日本人だったからか、その研究室だったからなのかはわからないが、明らかに頑張る人が多かったので、自分もそれを見ていつも自分を奮い立たすことができた。頑張ることが必ずしも創造性や生産性を育むわけではないけれども、そういった競争的な環境が少し恋しく感じている。

(ちなみに上で幸せな研究生活「だった」と書いているが、実は色々あって最近研究室がなくなったからである。自分は海外特別研究員を短縮して日本に戻ることになった。後日正式に発表させていただきたいと思っているが、取り急ぎご報告させてください。)

最後に

この一連の記事ももう終わりである。最後に(特に研究者を志す高校生や大学生に向けて)僕が大切だと思う三つのメッセージを送ろう。これは僕が、2016年3月に山形県鶴岡市で開催された、慶應義塾大学が主催する高校生・大学生向けの、Keio Astrobiology Campというイベントの講演で伝えたメッセージと同じである。このイベントは先端のアストロバイオロジー(宇宙生物学)を体験できる2泊3日の勉強合宿で、毎年やっているので興味がある人はググってみてください。

一つ目は、Steve Jobsが2005年にスタンフォード大学の卒業式で行った有名なスピーチから“Your work is going to fill a large part of your life, and the only way to be truly satisfied is to do what you believe is great work. And the only way to do great work is to love what you do.”ということ。「仕事(研究)は人生の大半を占めるのだから、満足のいく人生を送るためには、自分が心底すごいと思える仕事(研究)をする他ない。そしてその方法とは、その仕事(研究を)愛することである。」つまり、やっぱり自分が本当に好きだと思えることをするべきだということ。誰かのためにではなく、また名誉のためにでもなく。やりたいことがわからない?なら探せ!

二つ目は、世の中は結構先入観とか間違った情報に支配されているので、ちゃんと自分で考えて判断してほしいということ。NASAに行ったわけだけれども、しばらく前まではそんなことは不可能に近いと思っていた。それはNASAだから。皆もそう言っていたし。でもそれは、皆行ったことがないから勝手に色々な想像をしているだけで、ちゃんと事実を知らなきゃいけない。

三つ目は、一歩を踏み出さないとわからない、または小さな一歩が小さな一歩だとは限らないということ。ちょっと勇気を出して一人で学会に行ったらいきなりNASAへの道が開けたように、小さな一歩が人生を変えることはある。大きな出来事というのは、大体予想ができないもので、それは研究者として実験していても日々感じる。イノベーションも大体はまぐれだと言われている。何がどう化けるかはわからない。これを実現するためには、とにかく数を打つ(行動する)ことが大事だと思う。打たない限り、当たらない。自分も含め凡人が狙って一発できるようなことは―予想できることは、たかが知れていると僕は思う。狙うことは当たる確率を高めるために重要だけれども、世界や人生を本質的に変えるものは、ほとんど偶発的にしか生まれないだろう。尚、僕はこれを、人類で初めて月に立った故ニール・アームストロング船長の有名な言葉 “One small step for a man, one giant leap for mankind.”(一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である)という言葉をもじって“One small step in appearance, one potential leap in disguise.”と勝手に言っている。いかなる小さな一歩も、化ける可能性を秘めている。

以上で終わりです。最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございました。何か一つでも参考になることがあれば幸いです。

おしまい。

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