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愚生の気は遠くなる

 母が死んだあと、死期を悟って多くを捨てたらしい家でブラフマンのCDを見つけた。「時の鐘」。――もちろん20年以上前に、おれが送ったものだけど。母が死んだ後に車の中で聴いていたのはこの「今夜」。きっと母は気に入っただろう。そう思う。

 母が通院時に大切に持ち歩いていた文庫本は徐京植の「子どもの涙」とレベッカ・ブラウンの「体の贈り物」。本当に趣味が似ていた、服の趣味まで。だから母からはよく服を褒められた。革靴いいわねと言われて、実は安物だったしボロボロだったから「ボロボロだけどね」と返したら、「男の靴はボロボロでいいのよ」と言っていた。おれもそう思う。子どもの頃、母が着ていたネップジャケットが好きだった。モードより生地のニュアンスが気になるのは母の影響だ。母は高価な服なんて持っていなかった。しかし母はしまむらで買った服でも上手に着こなしていた。

 母が死んだ後、母の誕生日にカルバンクラインプラチナムのショップでアンサンブルを買ってしまったことがある。あれはまずかった。店員さんに「お母様にプレゼントなんて素敵ですね」と言われ、礼を言って店を出たらもう耐えられなかった。「きっと喜ばれますよ」、か ――中年男が流れる涙を隠しもせずショップの袋を持って雑踏の中を歩いていた。その紙袋はそのまま開封されることなく、捨てることもできずに持っている。

 ブラフマンの「時の鐘」。なんでこんな歌が好きだったんだよと言いたくなる。ごめん、と言いたくなる。どんな人生だよ。ごめん。



 誰かを亡くされた方へ。


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