弱くなる場所

旅革命研修

あの10日間から1年が経つ
経っちゃうんだな

私には今、その旅革命研修に行って欲しい子がいる。
(ほんの、昨日思ったの)

その子の過去を私はすべては知らない。

誰しも思い出したいこと思い出したくないことなんともないこと、
いろんなことがごちゃごちゃにある過去をもってると思う。

けど彼にとって自身の過去の中で辛い時間がが大きいような
辛いことを乗り越えるための努力の時間が長くて
その過去をなくしたいような、
だけど考えのどこかで自分がやったことは認めなきゃと
「前向き」という義務感を感じてるような
せめぎあい。
が起きてるように私の目には映る。

彼自身「ありたい自分」になろうと努力しているという。

あの10日間
誰も私の事なんか見てない世界
だけど
みんなが見守ってくれている時間
だった。

泣くとかぶつかるとか本音とか本気とか夢とか変わるとか

私の中で旅革命においてそれらは、
それらの“できごと”や“名前”は全然大事なことではなくて

その時の自分の感情を自分で逃がさないこと
他人への想いを無責任に自己消化しないこと

泣きたいという思い
溢れてしまう涙や怒りを止めないこと
本音を伝えてみようかなという勇気と震え
本音でみんなに嫌われないかなという恐れ
変わりたいと生まれた漠然とした想い

が大切だということを教えられた
似てるけど違うの

自分の頭で考えて
自分の心で感じて

なんでこれをするの?
なんでこれがしたいの?
なんで泣きたくなるの?
なんでここにいるの?
なんで話してるの?
なんで話したくなったの?
なにが嫌なの?

なんとなくなら「なんとなく」って言葉にする

あの10日間どこまでも1人だった

気づかされた
私のこと理解できる人なんて私しかいないよって思い知らされた

自分のやりたいことは自分でしか見つけられなくて
自分の過ごしたい日々は自分で作るしかない。
というか これまでも作ってきたし
これから“作れるの”。

私のことを知って欲しいなら自分の言葉で伝えるしかない

気づかされた
「知って欲しい私」「見て見ぬふりしたくない私」は
私の過去に1人で立ってたこと

やっと自分を迎えに行けた
取り残してごめんね、

あの時の私の感情、
なにか見えないトゲによって素直に受け止められなかった嬉しさ喜びを
トゲに色を着けて見えるようにして自分の手でそのトゲを掴んだら撫でたら
本当は感じたかった喜び嬉しさ悲しさ苦しさを
感じられた

日本でもできるんじゃないか
今まで自分を知ってくれてる人のほうが話しやすいんじゃないか
なんなら1人だってできるよ
って。言うかも。

でも見て見ぬふりしてきたもの触れてほしくないものに触れるには
手伝ってもらわないととても難しい
だって見て「見ぬ」ふりしちゃってるんだから笑
わかってるけどわかってないふりしちゃってるんだから笑
見えないトゲの色着けは自分一人じゃできないことも
気づかされた。

ベトナム・カンボジアに行く意味
はじめましての意味
引率が常に一緒にいる意味
10日間という短期間の意味
1日1日の意味

旅革命研修を始めて動かしてくれている人達の思う意味と
私の思うそれぞれの意味は違うと思う
だって
私が私として私だけが経験した10日間で
見つけた意味
だからね。

なんで彼に旅革命研修に行って欲しいのか

暗黙の了解、周りの作った、意味。
じゃなくて
彼だけの意味を私が聞いてみたいから。
彼が彼の時間を使って見つけた意味を聞いてみたい。
そうして彼が彼を本当に受け入れられた時
やっと私が苦しそうな彼を見なくて済むな笑

ある程度距離感がある人の方が話しやすいことってあるよね、

そうかも

だって必要以上に詮索されなかったり

うんうんわかる

自分で言いたいところ絞れるし

たしかに

けどね、本気で向き合わざるを得なくなるよ
本気で人が集まってるから

本気の悩みを抱えて
本気の好奇心で
本気で集めた資金で
本気のなんとなくで

1度思いっきり無責任になる
思いっきり無責任にやりたいこと探す
そうしたら
自分の意味でやりたいことが出てきて
その“自分の意味”が気づけば“責任”になる
そうしたら
受け入れる覚悟ができた。
自分の感情を目の前にいる人を。

どこまでいっても孤独を感じたのは
行動する時信じるのは自分の声だという
責任を知ったから。覚悟を決めたかったから。

旅革命は強くなる場所に見えるかもしれないけれど
実は思い切り弱くなる場所だった


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