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もだえるマネージャー

言葉にならないほどに、考えが頭に絡まって解けない時がある。

仕事でマネージャーをやっている。

現場にはアルバイトがいて。その人たちの責任者がわたし。

雇用は若くても40代~上は70代。

半期に1回、その人たちの雇用契約の延長面談がある。

"現場責任者"なので自分の判断で次回6か月間の雇用契約をどうするか決める。難しいと判断した人は、解雇ではなくて、「任期満了に伴い退職」を伝える。それだけだと思ってた。

結論、人を辞めさすのには相当な心労がかかる。言われる方も、言う方も。そしてわたしが言いたいのは、言う方の負担がでかすぎるということ。

わたしは当時まだ23歳。いまは24歳。笑
社会の仕組みもルールもビジネスマナーも箸の持ち方も知らない。

そんな奴に、どうシニア層の採用の判断ができようか。そんな奴に、どう再雇用について議論できようか。

だけどそんな無責任なことは言えない。この性格とプライドが邪魔をして

この状況はただただ板挟みに自分からなっている。

できると思っていた。自分ならできると過信したんだ。

この前最後にスタッフに言われた「あなたのご年齢は知りませんが、見たところかなり若いじゃないですか。女性ですし。そんな無責任な会社なんだということですよね。ああ、ぼくは詐欺にあった気分だよ。」

何気ない一言がトラウマになるほど傷つくことを、お互いリスクがあるということを理解して、話すべきだ。少なくとも、決めるのはわたしだ。若者でも、女でも関係ない。小娘が上司なのは、あんたが決めることじゃない。だけど前述したとおり、自分自身も、私が伝える義務と責任は”現場責任者”という役職だけでやらなきゃいけないしごとなんだ。と迷い、苦悩してしまっている。名ばかりの責任者のくせに。ただの雇われ責任者なのに。と。


雇用見送りの話をするのは今回が初めてじゃない。12月にも一度していて。

マネージャーになって3ヶ月で初めての面談で、何もわからないままにやっていた。なにもわからなかったから、事実を伝えられた。いや、正確にはその時も失敗した時もあって、判断を先延ばしにした人もいた。

ひとのことはすきだ。話すこともすきだ。

おじさんは嫌いだ。だけどよくやってると思う。気もつかわれていると気づくし、お互い様だ。と思う。これがしごとだ。と思う。

現場に出れる、フレキシブルに働ける。

すべてが楽しいわけではない。だけど全部つらいわけではない。

楽しいが多いから、学びがあるから、辞めようとも思わない。

だけど半期に一度、こんなに悲しい絶望の淵に立たされるなら

きっと心がついていかない。自分が思うほど、心は強くない。とも思ってしまう。

からだは大丈夫だけど、たまに心が追い付かない。

この不安定さと行き場のない不安や息が苦しい思いは自分の心にとどめておけない。

だけど時間もしごとも待ってくれない。やらなきゃいけないことがたまっていくな。まいったな。まだ平気だけど、やりすぎるとからだの抵抗もなくなってくる。それはまるで、じぶんで自分の心にドクターストップをかけるように。だれにも解決できないと思ってしまうから、過度にからだが反応する。助けてくれ、かまってくれ、心配してくれ、何もしないでくれ。いろいろな感情が、もだえるように。


コレを前回書いて、すぐに下書きに保存した。
その時に判断を遅らせて、結局雇用を延長した人とはまだ改善が掴めていない。結局また苦しむ。

お互いにあんたが変われ!と思って、自分は正しいと思う。
伝えたつもりで誠心誠意話したつもりで、改善要求を伝え「はい、分かりました」と返事をもらっても、現場に戻ったら「リョコに言いたいことを言ってやった。」と影で言われる。もうお手上げ。

だから、誰にでもそうだけど、「相手に優しく自分に厳しく」と言うのは理にかなっている。
相手に変わってもらうのはきっときっと、5年後も10年後も100年後も無理。

これは諦めじゃなくて、思考を変える必要があるだけで、自分が変わる方が早いと思って実行できればめちゃくちゃ良い。

変わらなきゃいけないことに気づけて良かった。良かったと思ってなくても思う。

憎くてたまらんと思うのも癪な、もはやどうでも良いわたしの敵は、変わるためのタネだと信じてグッと絶対に変わってやる。先に〜〜!ばーか!

ありがとうございます!!グッズたくさんつくります!