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【小説】微笑みながら恋は夜に消えた

「怖い夢みた……」

まだ暗い部屋の中。今は夢じゃないということを確かめたくて、ポツリと呟いたら妙に大きく反響した。途端に自分ひとりしかこの部屋にいない気がして一瞬絶望した。

違う、ひとりじゃない。

隣で私に背を向けて眠っている彼のTシャツの裾を無意識のうちに引っ張っていた。

「……どうしたの」

意外にも彼はすぐに目を覚ました。申し訳ないな、と思いつつ、寝返りをうって、私に体を向けてくれただけで嬉しかった。最近、ダブルベッドの端と端で背を向け合って寝ていることが多かったから。

「怖い夢、見た」
「どんな夢」
「…………」
「おい」
「きみがいなくなる夢だった」
「俺がいなくなるの、怖いの?」

子どもみたい、と小さな声。ふふっ、と彼が笑う声がすごく近く聞こえた。

「怖いのかな……」
「大丈夫、いるよ」

そう言うと、こつん、と額を触れさせた。
手を伸ばして、彼の髪に触れる。柔らかくて猫っ毛な髪は甘く、いい匂いがした。
同じシャンプーを使っていても、人によって匂いは変わる。私は、彼の甘い匂いが大好きだ。
なんだか胸の真ん中あたりから幸せになってきて、髪をわしゃわしゃと触ると、「むう」と変な声を出された。

「触られるの好きじゃない」
「どうして」
「なんかやだ」

でも、私が怖い夢を見た、と言っていたからかもしれない。黙ってなされるがままになってくれていた。ふわふわとしていて、癒される。指に巻きつけることはできないけれど、できたとしてもつるんとすぐに逃げてしまいそうだ。

「きみの髪、好きだな」
「俺は嫌い」
「どうして?」
「ペタンとなるから。セットうまくいかないし」
「パーマかけてみたら? 似合いそう」
「今度美容院に行ったときに相談してみるよ」
「一番に見せてね」
「そういうわけにはいかないでしょ。一番に見るのは美容師さんにきまってるじゃん」

そういうことを言っているんじゃないんだよ、と思ったけれどまあいい。
私のアドバイスを受けてパーマをかけてくれたらそれだけで嬉しい。
美容院から帰ってきたら一番に「似合っているね」って言おう。
そんなことを考えながら彼の髪を触っているうちにまた眠くなってきた。まぶたが重くなってくる。

「眠い?」
「うん……」
「よしよし、今度はいい夢が見られるぞ」
「うん……」

彼が私の頭を撫でてくれる手がなんだか懐かしかった。
こんなふうに頭を撫でられるのも、ベッドの中で抱きしめられるのもいつぶりだろう。
私も髪を伸ばしておけばよかった。そうすれば、頭を撫でるついでに、長い髪に手を添わせて背中や腰に触れてくれたかもしれないのに。
私が眠るまでこうしていて、と言いたかったのに伝える前に眠りに引きずり込まれていく。
いつも、そうやって私は伝えたいことを伝えられない。


目が覚めたら、暴力的な太陽が窓から差し込んでいた。
シングルベッドで丸まっていた私の頬は涙で濡れている。枕が湿っていて煩わしい。体をほぐすように、ゆっくりと伸びをすると、背中がミシミシと鳴った気がした。
ひとりで暮らす部屋は前の部屋よりも日当たりが良くて悲しい。
胸の辺りまで伸びた髪は、昨日生乾きで眠ってしまったから後頭部のあたりがぐしゃぐしゃに乱れていた。いつもお風呂上りに「早く髪を乾かしなさい」と彼がドライヤーをかけてくれていたことを思い出す。
指で絡めとった髪は、彼と付き合っていたころよりも伸びたけれど、痛んでもいた。

今日は美容院に行こう。
帰ってきても、似合ってるね、と言ってくれる彼はいないけれど。

Fin.

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