石黒正数『ネムルバカ』

石黒正数『ネムルバカ』を読んだ。

割と昔から小説が好きだった。本を読むことは日常的なことで、たまにそれ以外の楽しいことがあると忘れていたりもしたけど、たまにふと意識的に思い出しては紙の間の世界に戻っていった。

いつからだろう、ストーリーに願いを込めてしまうようになったのは。

たぶん、3回生くらいからなんだろうな。そんなはっきりとはわかんないけどさ。
欲しかったものがいったん一通り手に入って、そんな日が来るなんて思ってなかったのにふと気づいちまって、囚われて逃れられなくなってからなんだろう。
そんなことないと思おうとしたし、時に行動もしてみて、やっぱり俺は単純だからつかの間それを忘れることもあった。けど、あれ、世界の色ってもう戻ってこないんじゃね?っていう根拠のない不穏な予感は、今のところ当たり続けている。

だから、ストーリーに願いを込めてしまう。

というか、そもそもかつてのような楽しみ方をしていない気がする。本を読みたいから読んでる、それはもちろんそうなんだけど、読んでいる最中とか、読み終わった後に、いつも脳の一部は現実の世界に醒めている。つかの間の没頭は得意技だし、ようはその持続性の問題なのかもしれない。けれど、規定された無限の世界に願いが入ってきたら、もうそれは何かが根本的に損なわれてるだろう。

『ネムルバカ』は、大学のボロい女子寮に住む貧乏な2人の日常マンガだ。完成された安寧。どこにでもいけるからこそ、そこにも行けない、生き方が分からない、なまじ独りじゃないから低きに流れてしまう、そういった世界の話…と思いきや、、、という話である。
ネタバレになってしまいから詳しくは書かないけれど(お前、この文章は誰かに見せようと思って書いてるのか?いや、単なる形式だ…)、主人公の片割れ(まあ、サブの主人公といった所か)はひょんなきっかけでその世界を飛び出す。壁に穴をあけて、新鮮な風の吹く場所へと進んでいく。しかし最後にはそれすらも…という話である。

読み始めていたとき、まあ当然なんだけど自分がいた寮について思いを馳せていた。ああ、このかんじ、わかるなあ。自覚的になれちゃうタイプだからあ、俺は。と思っていた。
そしてそれが続いてほしいと、やはり思っていた。どこにも行けないけれど甘美な世界。その世界を全面的に肯定して祭り上げておいてほしかった。

俺は卒業するかどうかを、正直かなり迷っていた。このままここにいたらどんなにか楽しいだろうなあ。特に酒食を急ぐ理由も、よく考えてみるとない。家賃も安いし、バイトで生きていけるだろう。吉田寮を筆頭に、離れるには惜しいものが京都には多すぎた。けれど、4回生の正月に帰省して、いよいよ進路もちゃんと考えないと、と思っているときに。
多分1週間ぶりに京都に戻って、近衛通のバス停で下車して寮舎が目に入った、そのときに、『あぁ全然変わらないなここは』と思って「しまった」のだった。
それが、それこそがいいと思っていたはずだった。し、そんな今までに抱いたことのない感情にもし器用にフタができるのであればそうして、しゅるりと自分の部屋に戻って、底の半分破れたサンダルを履いてマルボロでもふかせば、う~んやっぱもう一年やなとなってたんだろう。そういう未来に特に違和感はない。
けれど、そこで俺はやっぱり感じてしまった。このままここにいたら絶対に楽しい。けれど、俺はきっと100%は楽しみ切れない。1年間ののんびり期間を満喫しているように見せかけて、俺がこうしている間にあいつは…あいつは……ときっと考えてしまうだろう。変化をすることを保留しながら、変化したいと渇望し、焦燥を感じただろう。自分で選んだことなのに、こんなことをしていたくないと思ってしまっただろう。楽しいことをしたい、というだけで動くことができるほど、腹据わってないんだよな。

『ネムルバカ』のサブ主人公もそう考えて、チャンスをつかんでそこから羽ばたいた。
俺も、就職することに決めて、京都を後にした。
サブ主人公は、決めた道で進むとした方向に、進んでいった。目的の達成のために選んだ、やっと手に入れたか細い道を、信じて、目的の達成のために進んでいった。
俺は?俺は、たぶん、たぶんというか間違いなく、そうなってない。目的もあいまいだ。覚悟もない。だからすぐに不貞腐れる。そのくせ、そっちにも振り切れない。何もかも中途半端だ。腹が据わってないんだよな。

サブ主人公が、そういう道に進むのかもしれないな、というのは、物語の中盤くらいから予感していた。
だから願った。そうならないことを。このまま、ぬるま湯のような世界の中で完結して、それもいいよね、それでいいよね、と感じてくれることを。
けれどそうはならなかった。だから、今の俺の考え方では、俺は正しい道を選んだという事なんだろう。実感は、時間の問題なのかもしれん。
けどね。俺はやっぱ、はらくくれないんだよ。そうやって何にもなれないまま、このまま過ぎていってしまうんじゃないかって思ってるんだ。時間が。人生が。だから俺が選んだ道はやっぱり正しくなかったって言ってほしかった。

物語の最後で、サブ主人公がどうなったかは書かないけれど、俺もいつか、その先の景色を見てみたいとは思ってる。
そろそろ本当に考えないとね。

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