見出し画像

あったかい毛布VSとてもあったかい毛布の日

セプテンバーはいつの間にかオクトーバーになってこりゃそろそかぼちゃがスーパーなんかを闊歩する季節。めっきり寒くなった朝はあんなに鬱陶しかった車のエンジン音が暖かく聞こえて車の窓から外を見ると朝焼けが広がっていたりする。変わる季節の真っ只中で、その変化をいいなぁって思いながらもなんだか調子が狂っている日があって、そんな日はいつも動く身体が動かなくなったり、はたらく頭が働かなくなったりする。そんなこともあるさと笑いながら、一日を過ごして仕事が終わり帰りの車内ではっと気がつく。これはただの風による不調であり何か気弱なセンチメンタルである、と。体調悪い時に暖かいものに触れるとなんだかそのままそれを好きになってしまいそうになる、とか普段だったら思わないようなことを考える。昔読んだ物語で『おいしいコーヒーの入れ方』シリーズというものがあり、その作者の村山由佳さんになんとなくふわっとしたイメージを持っていたところ次に読んだ物語が真っ黒なチーズフォンデュみたいなドロドロの不倫話で腰を抜かし、空いた口が塞がらなかったのはもう、10年以上前のことでした。おいしいコーヒーの入れ方。その中で今で言うメンヘラかわいい感じの女の子の先駆け的な女の子のキャラクターがいた。曰く「寒いのと寂しいのは似てないけれど、すごく寒いのとすごく寂しいのは似ている」らしい。凍えきっている時に毛布を差し出されたら受け取ってくるまってしまうよね、というような流れだった気がする。主人公に対する叶う見込みのない思いを抱いた彼女は拒食症になりバイト先でお持ち帰られてそのことを主人公にとうとうと語るのだった。懐かしい。そうですか。じゃあすごく暖かいのとすごく誰かといて嬉しいのは似ているのでしょうか。知らんがな、的な問いかけでありますが、個人的にはちょっと似ているような気もする。

寂しい冷たいあったか論争はまあ置いておくとして、風邪の日はメンタルにも不調がくることを熟知しているわたしはなんとかそれを食い止めようとするのだけれど、自力では不可能なのも知っている。というときに、頭の中に放置されていた物置のタンスの引き出しを片っ端から開ける。なにかいいものはないか。なにかいいものは。とやっているうちに頭の中が散らかってくる。場の乱れは心の乱れと言うならば、まさにそういうふうに頭の中がとっちらかっているときは心もなんだかそわそわしてしまう。早く落ち着きたいものです。午後の始めから終わりまで頭の中を取っ散らかして引っ張ってきたものは「ラッドウィンプス」という引き出しの中に入っていて、「夢番地」とラベルが貼ってある。

昨日に夢を託せば後悔で 明日に夢を託せば希望で
でも今日の僕に夢を託して何になるの? だから

うずくまって 閉じこもって 明日を待っていたんだよ
だけどなんで 明日になってみれば今日がまた始まるの?

「未来のために今がある」と言われても僕は信じないよ
だって「今」のこの僕が昨日の僕の未来

「現状(いま)に甘んずること勿れ」と言われても僕は笑えないよ
だって「今」のこの僕が誰かの夢見る未来

叶えたい夢ばかり数えて 叶えた夢は泣きながらきっとどこかへ…

僕はきっと今いつかの夢の上に立っているんだね
僕はきっと今誰かの夢の上に立っている

息を吸って そして吐いて それだけじゃ喜べなくなって
欲しくなって あれもこれも あの人のも だけど

僕にあって 君になくて 君にあって 僕にないものがあるから
僕は君を 君は僕を好きになれたんでしょ?

叶えた夢の数を数えよう 叶わない夢は誰かがきっとどこかで…

僕が立っているここはきっと誰かの願ってる場所で
誰かが立っている場所がきっと僕の望む場所で

誰かがきっと今僕にとっての夢を叶えてくれている
僕もきっと 誰かにとっての夢を叶えている

Let's party dance dance dance
Let's take our hands to hands to hands
Shut up and smile so you can see how beautiful life is
Forget about chance chance chance
What for? Enhance hance hance
You're naked is really the best

僕はなんで 立ち止まって 明日を待っていたんだろう
明日はきっと 明日をきっと 迎えにいくよ

僕はきっと今いつかの夢の上に立っているんだね
僕はきっと今誰かの夢の上に立っている

僕はもう数えきれぬほどの夢を叶えているんだね
ごめんね これからはね ずっと ずっと 一緒だから

文字にすると長。

曲はYouTubeに落っこちてるぽい。(敢えてはらないスタイル)

こういう形で自分と他人を尊重する考え方もあんのな、って初めて聞いた時思ったけれど、久々に引き出しを開けた今日もまた同じように思っていて、あんまり変わらない部分もあるものだなと噛みしめる。野田洋次郎的優しい目線と語りが今日は響いている。体調がいい時にこういう歌詞を見ると「ふーん」で済ませてしまうのだけれど、風邪ひいたことによって感じる隙間風がとても冷たくて、だからまあ毛布はさあ、受け取るよね。こういうときは。こういうときだけは。いやむしろ平生なんともなく生活しているときも、感じていたいよね。毛布欲しいときはもらっとこうよ。ラッドウィンプスのなんか語りかけるスタイルの曲はB面でも聞けるものが多い。高校生の時はまだそこまでメジャーではなくて、知人にアルバムを借りて知った。まあとかく噛み締めて寝よう。まず風呂で噛みしめる。風邪っぽいからひとりで入ってる。息子の泣き声が聞こえる。風呂をすぐ上がって2階に上がると息子が半裸で泣いていて、妻いわく「味玉(とつけ汁)が入った容器をいたずらで持ち上げたところ、つけ汁がこぼれて目に入って泣いた」らしい。確かに近寄ると息子からは白だしの香りがして、こっちのほうが幾分身近で優しげでかわいい毛布でしたので、そっと抱きしめて、抱きしめられて、いいなと思ってまた一日が終わってゆく。

酒と2人のこども達に関心があります。酒文化に貢献するため、もしくはよりよい子育てのために使わせて頂きます。