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ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

33 一日一畳


今日は今年一番の冷え込みらしい。
雪の予報は外れ、朝、東の窓のカーテンを開けてみると眩しい陽が差してきた。
窓についていた雫が垂れ落ちている。
結露というのはあまり好まれないようだが、私はこの水と光と温度の微妙なバランスによって演出される冬の窓が好きである。
ガラスを這いながら垂れ落ちる水滴は、途中で止まったり、隣のやつとくっついたりと、生き物のような振る舞いをみせ、いくつもの跡を残しながらいつの間にか消えていく。
コタツに入り、背を座椅子にもたれかけ、首だけを出して、しばらくそれを眺めていた。

元来寒いのが苦手で、冬は動けない。
何もない休日は、こうして1日こたつに潜り込む日が多くなってくる。
コタツというのは人間を蓑虫にしてしまう装置である。一度入ると人間の意識を奪い出られなくなる仕組みになっているらしい。
振込や書類の発送や買出しなど、休みの日にやらなければならないが、別に今日でなくてもいいようなこと。そうしたことはやはりやらなくなるようである。
出さなければいけない書類と振込用紙を昨日机の上に出してはおいたが、なんのその、すでに出しに行く気などさらさらない。
そして、一時間、また一時間と経過し、昼になり、そして夕方になり、夜になり、コタツ虫の休日は完了することになる。
それはそれで割り切ってしまえば実に有意義な1日ではある。

さてしかし、今日はそうも言っていられない。
着るものがないのだ。
冬の間は洗濯物がたまる。干しておいてもなかなか乾かない。昨日部屋中に干しておいたものはまだまだ乾かず、さらに2回戦分の洗濯物が脱衣所にたまっている。今日中にやっておかないとさすがにまずいことになる。もちろんコタツ虫はランドリーに行く気などない。
コタツ虫は決断を迫られた。
このコタツ装置の快楽原則を破るにはそれを上回る快楽原則をもって対する他ない。

そこで、朝風呂。
さすがのコタツ虫も朝風呂にはかなわないのである。

コタツ虫はのっそりとコタツから這い出し、風呂場に行き湯を沸かすのだった。

熱い湯に浸かり、すっかり体がほぐれた私ことコタツ虫は覚醒し家事に勤しむ。
風呂の残り湯をバケツでくみ上げ、洗濯機を回す。
脱衣所の2畳ほどの空間は洗濯機と洗面台と衣装ケースがあり、余るスペースは1畳ほどしかない。
一回戦が終わり干して二回戦目。ふと思う。

(ここいいな)。

この1畳のスペースに椅子を持ち込み、コーヒーを淹れて飲みながら過ごしてみる。いい感じだ。
さらに小型のヒーターを持ち込み、洗濯を乾かせば、一石二鳥。狭い空間で過ごせば暖房効率も良いだろ。今日は1日この一畳で過ごすことにした。省スペースがコックピットのようで妙に落ち着く。洗濯機の水流音と換気扇のノイズがまたよい。

携帯ラジオをかけて、洗濯機にパソコンを置いて今これを書いている。

コタツ虫改め、今日は一日、一畳脱衣所のヤドカリとなる。

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