shojir

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  • 波 紋

    • 39本

    今度こそ本当の波紋

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あした、あさって。

7月。庭の薔薇が見事だ。薔薇の栽培にのめり込むようになたったのはいつ頃からだったか。門をくぐるとすぐにアーチ型の柵が据えられ赤やピンクの大輪の花がいくつも顔をのぞかせている。 2月の頃、この賑やかな庭を見ることもおそらく叶わないだろと思っていたが、予想に反して状態は安定している。 落ち着いている本人とは裏腹に、ここのところ周りがちょと不穏な様子らしいと聞いて顔をだすことにした。 「何かいろいろあったみたいね」 茶の間でしーちゃんに何となく聞いてみた。 月2回東京からまだ小学校

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      5、ナス チャイムを押しても聞こえないらしく、いつも玄関のサッシを開けながら「こんちは」と中の様子を窺いながら入っていく。 少し前から昼過ぎにヘルパーさんが来るようになていて、その時間帯を避けて行っていたが、たまたまその日は時間がずれたらしく、かち合ってしまった。 軽く挨拶だけをして茶の間で待たせてもらった。 グンちゃんは淡々と家のことをこなしているようだ。掃除も行きとどいていて、いつも二階のベランダには洗濯物が綺麗に干してある。 しばらくして、ヘルパーさんの対応が終わった

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        4、クレマチス 差し出された手の無数の赤い点が痛々しい。 「点滴、毎日大変だね」 聞こえないくらいの声で、ため息のようにつぶやいた。 「うちはどうなった?」 表情は筋肉が膠着したように動かないが、声にいは張りがあり、先月よりも少し生気が増したような感じがする。 「あー、カーポートの屋根直してて、適当だけどね」 スマホで撮った写真をみせた。 瞼が腫れぼったいがはっきり見えているようだ。 「うーん」 病状は落ち着いている。ただ、宣告された余命は過ぎている。今後いつ急変してもおか

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          3、ラナンキュラス 4月。庭を覆い尽くす花々が賑やかだ。月に2度の見舞いの度に装いが変わっている。 「いろいろ話たんだけどさ、本人が家に居たいって言うし、グンちゃんもそうしたいみたいだから、今のところ在宅でできる限り見ていければって言う感じ」 東京から月に数日帰って来ているしーちゃんに今後の事を聞きいた。 「そう。どうなるかな?俺もわかんない。老衰の場合は段々だけど、ガンの場合は突然ガクンと落ちる感じなのかな」 「点滴しないと持たないみたいね。こないだ点滴嫌がって1日しなか

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          あした、あさって。

          2、チューリップ 褐色の花壇の中、星座のように、チューリップの尖った葉先があちこち覗かせている。3月。 「どうですか?」 部屋に入ると閉じていた目を開けた。 「うん、変わりないね」 ベッド脇の椅子に座ると、リクライニングを30度角にあげ、首を横に向けた。 「どうもね。うちの方はどうなった?」 「うん、ようやく片付けが終わって何とかね。結構大変だった」 「見に行きたいなー」 「んだね…」 グンちゃんがお盆にコーヒーとケーキを乗せて部屋に入ってきた。 ベッド脇の介護用のテーブル

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          あした、あさって。

          1、ポトス しばらく沈黙がつづいていた時、また、雲が晴れ、障子越しに陽が射した。 僅かに障子を開ける。窓の外は埃っぽい乾いた風が吹き、冬枯れの柿の木がコツコツ揺れている。 上空高く、ごま粒ほどのカラスの群れが波打つように飛んでいく。 2月の冬晴れ。沢山の浮雲が足早に何処に向かっていくようだ。 光に溢れた縁側はほんのり暖かい。籐で作られた棚に、株分けされたゼラニウムの鉢植えがいくつも並んでる。鮮やかな緑の葉を何気なく見ていると、鉢の奥から一つだけ色褪せ葉がのぞかせているのに気

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          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜最終回

          50 虚空に居る 梅雨入りしたらしい。 夜型の生活がつづき、日中は夢現、雨音を聴きながらずっと寝ている。 熟睡はしておらず、極浅い眠りを漂いながら1時間おきぐらいには用を足しに起き上がる。 そしてまた横になりうつらうつらと時間がすぎる。 長年こうした生活を続けていると、毎日決まった時間に起きて、決まった時間に食事をとり、だいたい決まった時間に寝るという規則正しい生活には戻れない。テレビの健康番組を見れば結局規則正しい生活とバランスの良い食事が大事ということでまと

          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜最終回

          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

          49 人知れず花虫 朝からしとしと。まとまった雨は随分久しぶりだ。 近隣の家の花木がしっとりと潤っている。 家と言っても空き家が多く、たまに管理のため親類が出入りしているのを見るが、無人である。 それにしても、家々の庭が見事なこと。 移り住んだ我家の庭にも以前は立派な黒松や梅の樹があったらしい。しかし、こないだ家の様子を見に来た売主のSさんの話では売却に出す前に一切引っこ抜いて処分したという。 「えーそうだったんですか、あっても良かったんですけど。もったいない」 「庭木

          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

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          48 呼吸する家 3月1日から新居に移り住んだ。 中古住宅の楽しさは家を自分で造作できるところにある。購入を決めてからというもの暇を見つけてはyoutubeでDIYの動画を見まくっていた。 畳を床に張り替えたり、壁を塗ったり、ボロボロの空き家を安く買って見違えるような住まいに仕立てなおすセルフリノベーションの過程を見ていると自分でもやれそうな気がしていた。 さて、どこから手をつけようか。いろんな計画が頭をよぎりながらの入居初日。 居間に座り、柱や壁を眺めていると妻が言う

          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

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          47 ベリーショートトランス 12(最終話) 2月28日。退去日。 丸2日不眠のまま、作業が続いた。 退去の立会いは15時。それまで、荷物一切の搬出と掃除、修繕を終えなければならない。 その間に、新居のガスと電気等設備の立会い、旧居のガスの立会いとめまぐるしいスケジュールで、さらに18時からまた夜勤入り。 これほどハードな日程は久しぶりだ。 しかし、体はいたって好調。全く疲れていない。というのも、数日前から高気圧が張り出し天気がいいからだ。気温は20度近くまで上がり、爽

          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

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          46 ベリーショートトランス 11 月末の退去を決めた2月中ごろ。近所へ挨拶回りをした。 ご近所はそれほど親密ではなく、時折お互いを気にかけながらたまに挨拶を交わすぐらいだったが、8年間それとなくお世話になり、商店街にある老舗の和菓屋で最中を買って配って歩いた。 まず、後ろの同じ借家のOさん宅。高齢の母親と40代の娘、そして、障害を抱えている息子の3人で住んでいる。生活保護世帯で、娘さんが一家を支えている。高齢の母親の方は足が悪くすっかり見えなくなったが、時折出窓から顔を

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          45 ベリーショートトランス10 雨上がりの朝。ムクドリが3羽、土の上に這い出した虫をついばんでいる。 引越しから約一ヶ月。居間の雪見障子から眺める庭が萌え始めている。 前の家主が植えたチューリップや水仙が顔を出し、カラスナエンドウが日を追うごとに鮮やかな緑を広げていく。いろいろ植えようと考えていた庭だが、こうして手をつけず何が出てくるか見ている方が楽しみになってきた。 眺めているといろんな小鳥が立ち寄っていく。 ようやく庭を眺める余裕ができてきたところで、ベリーショー

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          44ベリーショートトランス9 2月21日。引き渡しの日。 売主と司法書士を交え登記の手続きと、代金の支払いを行い、譲渡が完了となる。 雨の予報だったが朝から穏やかに晴れていた。 10時、再度不動産屋の事務所に赴く。 すでに司法書士のKさんが書類を広げ準備をしていた。 私はイオン銀行の方で諸々の手続きは勧めてもらっており、サインをするだけだった。 肝心の売主Sさんの方、なかなかお見えにならない。 10時半すぎた頃、事務所のドアが開いた。 「いやいやどうもどうも」 作業着姿

          ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

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          43 ベリーショートトランス8 正月から続いた住宅ローンの手続きはようやく終わりを迎え、来週に迫った家の引き渡しと引き換えに、イオン銀行から融資金が振り込まれことになった。 足繁く通ったイオンモールで最後の書類を取り交わして後、作ったクレジットカードで惣菜でも買って帰ろうとスーパーに立ち寄ることにした時の事。 夕時、5%引きの特売日とあってか、その日店内はやや混雑していた。 惣菜コーナの揚げ物売り場に行くと、おっさんの甲高い声が響いている。 どうやら店員に向かってクレー

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          42 ベリーショートトランス7 年明け早々、私は本契約、すなわち、物件の引き渡しと代金払いまでの手続きに追われることになった。 引き渡しと支払い期限は契約から2ヶ月。もちろん、売主次第である程度融通も効くらしいが、それまで住宅ローンの手続きと保険や登記関係を終わらせなければならない。仮審査をお願いした七十七銀行の審査はすでに通っていて、そのまま本契約を取り交わせば話は早いのだが、土壇場でちょっと待ったがかかった。 仮審査の際、不動産屋のHさんが手書きした概算の書類には金

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          41 ベリーショートトランス6 2022年12月24日。 その日は荒れ模様の予報だったが、朝から日が照っていた。 10時に売主と不動産屋の事務所で契約を取り交わす算段になっていた。 身なりをそれなりに整え、着慣れないジャケットを羽織って妻と二人事務所へ向かった。 10時きっかりに雑居ビルの2階にある事務所のドアを開けると担当のHさんが出迎え応接室へ通された。 応接室で担当者の隣に座って待っていたのは60代後半くらいの小柄なおじさんだった。 「こちらが売主のSさんです」 と

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