見出し画像

逓信官吏練習所跡地を見つけた - 巡巡 #008

逓信省の勤人の養成学校の東京郵便電信学校(東京電信学校)の跡地を見つけた。明治42年から昭和24年まで存在した、後の逓信官吏練習所の跡地だ。明治4年に修技学校、明治19年に電信修技学校、明治23年に東京郵便電信学校となった。電信学校は所謂モールスの技術者を養成する機関だ。

その学校が現在の芝公園のメルパルクホールがある辺りにあったようだ。言い伝えによると電気技術者だった高祖父はここの出身らしいのだが、卒業名簿に名前がないのでもしかしたら他の電気・通信系の学校だったのかもしれないが、年代やその後の足取りからして逓信省の職員であった可能性は高い。

僕は以前この芝公園の近くに住んでいたのでこんなに身近に存在してたことに驚いた。当時の東京郵便電信学校一覧(明治36年)の規則を読んでいると学校の図面や学生の服装(和装)なども知れて面白い、2階建ての宿舎もあったようなのでもしかしたらこの辺りで住んで目の前の台徳院霊廟や増上寺を眺めたりしたのかもしれない。

明治43年、郵便電信学校の場所

学校とは言いつつも学生には給料が出て、2年の就学後、卒業後に奉職期間が時期によって異なるが3年から5年ほどあり兵役も免除とかなり特別な機関だった。戦争もあったので電信・電気の技術者が急務だったのだろう。

当時の郵便電信学校の校舎の図面

下側の片門前通りも左側の天神橋通りも現在は存在しないが、天神橋通りを北に進むと真っ直ぐ進むと芝東照宮になっている。なるほどだから天神なのかと。右側の通りを真っ直ぐ進むと台徳院霊廟。この道の作りは素晴らしい。

旧台徳院霊廟
この辺りが電信学校の場所

歴史やその人を知ることで同じ景色でも知った後の見える景色が違う、こういった石碑が残っていたことに感謝。

音声版の先祖巡礼ポッドキャストもよろしくお願いします。良かったらフォローや高評価などいただけると嬉しいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?