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「ビバップの可能性」をみなさんに感じていただきたい ~森智大 3rdアルバム『Prana』リリース記念Special Interview~

ニューヨークを拠点に精力的に活動を続けるジャズドラマー、森智大(もりともひろ)。

同じくアメリカで活躍するピアニストの大林武司との共演でも、その素晴らしいドラミングを披露し、またリーダーアルバムもこれまで2枚リリースしてきた。そして2024年、3枚目のリーダーアルバム『Prana』を発表し、レコーディングメンバーとの日本でのツアーも控える森に、自身の音楽ルーツから、これまでの活動、そして新譜についてインタビューを敢行。意欲漲る彼の想いに、ぜひ注目してほしい。

『Prana』ジャケット画像

<『Prana』レコーディングメンバー>

ドラム:森智大

トランペット&ボーカル:Benny Benack III

サックス&フルート:寺久保エレナ

ピアノ:山中みき

ベース:Russell Hall

パーカッション:小川慶太

ヴァイオリン:亀井友莉

ヴァイオリン:林周雅

ヴィオラ:三品芽生

チェロ:村岡苑子

物心ついた時から、ドラムに触れる

-森さんのドラムスとの出会い、ジャズとの出会いを教えてください

自分ではほとんど覚えていないのですが、3歳の頃からドラムを始めたそうです。音楽好きの両親が、趣味でビートルズのカバーバンドをやっており、音楽や楽器は昔から自分の身近にありました。バンドの練習の休憩中に触って楽しめる、叩けば音が鳴るドラムで私は遊んでいたそうです。
小学生の頃から、さまざまな音楽を聴いていましたが、しっかりとジャズに取り組むようになったのは中学生からです。新しく習うことになったドラムの先生がジャズをメインにされている方だったことと、同じピアノ教室の友達である江﨑文武(WONK)がジャズに興味を持ち、ジャズバンドを組むことになったのが、ジャズを始めた大きなキッカケです。

-森さんが日頃演奏されるときに心がけている事はどういった事でしょうか

周りの音をよく聴くのはもちろんですが、できるだけ共演者の手、特にベーシストの手や目を見るようにしています。手を見るのは、耳だけでなく、目も使い、音のタイミングを合わせるためです。そして目を見るようにしているのは、アイコンタクトができれば、だいたいお互い笑顔になるので演奏面だけではなく、気持ちの面でも共演者とつながれる感じがするからです。
それだけでリラックスできますし、さらに自信を持って演奏できます。
さまざまな面で共演者とグルーヴすることを目指しています。

ニューヨークでの演奏活動

-ニューヨークでは普段どのように活動されているのでしょうか

普段はジャズクラブだけではなく、バー、レストラン、結婚式、パーティーなど様々な現場で演奏しています。
ミニマムのドラムセットを電車で運んで、色んな現場に向かうこともしばしばあります。また、個人や学校でドラムや音楽を教えています。コロナ禍を経てジャズシーンが変わり、今まで一緒に仕事をしていた仲間がニューヨークから別の場所に移ったことで、新たなコネクションを作りつつ、現場で自分の技術を磨くためにジャムセッションや友人のギグに行き、数曲叩かせてもらうような活動も地道に続けて取り組んでいます。空いている時間は基本的に作編曲をしたり、一時帰国に合わせて企画の準備をしたりと、演奏の仕事がなくてもやるべきことはたくさんあるので、ニューヨークの多様な音楽シーンの魅力を毎日体感しながら、非常に充実した時間を過ごしています。


コロナ禍での一時帰国から、再びニューヨークへ

-今回のアルバムタイトル、およびジャケットから、コロナ禍を乗り越え、さらなる活躍を期待させてくれるアルバムですが、コロナ禍の際、森さんはニューヨークからの一時帰国を余儀なくされました。その際の率直な心境と、帰国時の日本での活動について教えてください

2020年3月後半に日本が海外からの入国制限を発表したことで、慌てて帰国しました。帰国してからは「いつNYで活動を再開できるのだろう」と少し不安に思いながらも、大好きな地元の福岡で家族、ペットの猫と共に過ごし、また、仲間たちとも、コロナ禍の初期はオンラインも駆使して過ごす時間は幸せではありました。一時帰国時はドラムの練習に加え、一般教養の勉強や運動、アルバイトなど普段できないこともやっていたので、わりと忙しくしており、日本滞在を楽しんでいました。
少しずつ制限が解除されてからは、地元の学生やミュージシャンたちと週の半分以上はセッションや練習会をしていました。レコードの曲を練習するだけでなく、新たな自作曲を試す場にもなり、一緒にやるメンバーから学ぶことも多くありました。状況が激しく変わるコロナ禍で、福岡という地方都市を拠点に自分を成長させるような演奏機会を作るのは特に金銭面で難しいですが、その中でも県や国の補助金、助成金を利用し、東京から福岡へミュージシャンを呼んでの公演や国内のミュージシャンたちと全国ツアーをするなど、地元と日本全国の都市を繋げるような企画を続けていました。

-その一時帰国時の活動も今回のアルバム制作の大きなキッカケになったのではないでしょうか

2018年に出した前回のアルバム(『Uptown Bound』)からある程度時間が経ち、そろそろアルバムを作ろうと思った矢先にコロナ禍でニューヨークでの貴重な時間が奪われてしまったのですが、ピンチをチャンスに変えて絶対ニューヨークに戻ってやるぞという気持ちを福岡でずっと温めていました。家族や地元の仲間たちのおかげで、幸いにもコロナ禍を乗り越えられましたし、演奏技術や立場が違っても気軽に一緒に演奏できるのがジャズの良さなので、地元の仲間たちには音楽面はもちろん、いろいろな面で改めて成長させてもらいました。そんな福岡で培って来たものを次はニューヨークで!と意気込んで2022年に再渡米しました。同年末には今回の作品のメンバーでもあるベニー・ベナックⅢ世(トランペット,ヴォーカル)や山中みきさん(ピアノ)などと一緒に日本ツアーをしました。もともとは自分のニューヨーク生活の中で長い付き合いがある友達と一緒にツアーしてみるかくらいのノリでの人選だったのですが(笑)、いざやってみると「またこのメンバーでやってほしい、アルバムを作ってほしい!」という声をお客様からたくさんいただき、思っていた以上の反響から、アルバム制作に対して考えるようになりました。また、純粋に音楽の楽しさや、私のジャズミュージシャンとしての成長の伸びしろをアルバムのメンバーたちとの共演を通じて教えてもらいました。自分がジャズのスタイルの中で一番好きなビバップに特化している彼らから、もっと学びたい、そして自分の音楽性をより深い段階に持っていきたいということでリリースツアーもセットで本格的にアルバムを制作することになりました。

『Prana』収録曲について

-森さんのお話と、実際に今回のアルバムを拝聴して、日本に一時帰国され、さらにニューヨークでの演奏への意欲が高まったことが作品に好影響を与えていることを感じました。魅力溢れる今回の収録曲について、ぜひ各曲ご紹介していただけないでしょうか

①Genesis
コロナ禍を経てニューヨークに戻って来て、新たなチャプターの始まりと意気込んでニューヨークでの活動を再開していた時の想いから着想を得てつくった曲です。

-森さんのパワフルなドラムと、トランペット、アルトサックスのフロントの熱気溢れる演奏が、アルバムのオープニングにふさわしい、威勢の良いナンバーですね

②Coast
福岡の糸島という所にある海岸をイメージして作りました。
今まで様々な場所に行きましたが、ニューヨークとは真逆の素朴で温かい地元の田舎が何となくずっと頭の中に残っていて、その風景に思いを馳せながらつくった曲です。

-この曲では、ベニーの小粋なヴォーカルが楽曲にとてもマッチしていますし、ストリングスも、より表現を深めるために効果を発揮しています

③ Prana
もともとはサンスクリット語らしく、エネルギーやバイタリティという意味があります。私はアート・ブレイキーがドラマーとしても、リーダーとしても大好きで、彼のバンドのサウンドからバイタリティというか、底知れぬエネルギーをすごく感じるので、それををイメージしてこの曲を書きました。

-伝統的なハードバップナンバーで、たしかにアート・ブレイキーのバンドの楽曲からの影響と、そのパワーを感じ取ることができました

④Pedalada
この言葉はポルトガル語でペダルという意味があるのですが、サッカーの足技、またぎフェイントの名前でもあります。
私がブラジルのサッカースタイルが好きだったことから、このタイトルにしました。ブラジルのPartido Alto(パルティド・アルト)というリズムから作った曲なので、ブラジリアンの良さを詰め込んでいるのが特徴です。

-小川慶太さんのパーカッションの演奏が、さらにリズムに躍動感を与えていていますね

⑤ Let Me Stay
18年間一緒に過ごしたペットの猫のことを思いながら作った曲です。この猫は、コロナ禍で私が福岡にいた時に亡くなりました。愛猫の死を看取ることができたのですが、死に際に最後の力を振り絞って何か自分に伝えたいことがあるような、とにかく生きようとする姿が印象的で、命の尊さや一緒に過ごした思い出の儚さ、そこでの経験など、たくさん考えさせられました。そんな時の悲しみや感謝の思いなど複雑な気持ちを曲にしました。

-この楽曲には、哀感と共に力強さを感じました

⑥ Osterville
「Osterville」は、マサチューセッツ州郊外にあるところで、
結婚式での演奏の仕事で行きました。目の前にはビーチが広がり、
波の音が心地良い場所で、ゆったりとした心地良さを想起しながらこの曲を書きました。

-寺久保エレナさんのフルートとストリングスが、その風景を見事に表現していますね

⑦ Hazy Game
霧がかかって、もやっとしている(Hazy)中、野球を観戦しているような、少ししっとりしている空気感を表したような曲です。

-スモーキーなジャズの渋さを存分に感じる曲で、私は個人的にとても好きな楽想でした

⑧Raccoon
このタイトルはウイルスと人間の戦いを描いた映画の舞台から着想を得て付けました。もともと「Raccoon」はアライグマという意味で、アルバムカバーデザインのアイディアも「コロナ禍を経て傷だらけになりながらも、力をつけた無双のアライグマが敵(ウイルスやウイルスによる影響)を倒し、未来を切り開いていく」というコンセプトなので、アルバムのコアになる曲の一つでもあります。

-冒頭の山中さんのピアノの1音目から、高揚感というか、希望に満ちたサウンドだと感じました。ストリングスとクインテットのサウンドの絡み合いも相まって、壮大な世界観が形成されていますね

⑨Heights
亡くなった祖母へ贈る曲です。祖母が住んでいた団地の名前に「ハイツ」という言葉がついていたのと、私がニューヨークで住んでいる地域も「ワシントンハイツ」というところなので、このタイトルにしました。この曲は2ndアルバム『Uptown Bound』にも収録されており、そのアルバムではピアノ、ベース、ドラムスの編成で演奏しています。自分の楽曲の中でも特にこの曲への思い入れが強いですし、この曲を気に入ってくださる方も多く、地元のミュージシャンたちもよくライブで演奏してくれていたそうです。
今回のアルバムでは、素晴らしいストリングスのメンバーに参加していただいたので、その4人をフィーチャーし、自分は演奏せずにストリングスカルテットのみで収録しました。すでに世に出している楽曲ということもあり、CD盤のみのボーナストラックとなっています。

-本作の大きな特徴であるストリングスの導入の成果を如実に感じる曲となっていますね。

挾間美帆さんからの学び

-ストリングスのアレンジに挑戦されるにあたって、挾間美帆さんのレッスンを受けたそうですが、受けることになったキッカケと、実際にレッスンを受けて、印象に残っているアドバイスやレッスン内容を教えてください

ストリングスのアレンジについては、そもそもアレンジを作編曲専門の人に頼むか、今までやったことがなかったけど自分で書くか、という点さえ決まっておらず、いろいろと悩んでいました。そこで、普段からお世話になっているピアニストの加藤真亜沙さんに相談したところ、「自分の曲なんだし、せっかくなら自分でアレンジも書いて、それを作編曲家として第一線で活躍している挟間さんに見てもらうのはどうか」と背中を押していただいたことが大きなキッカケです。
レッスンでは、あらかじめ私が書いたアレンジを挟間さんにチェックしていただき、フィードバックをいただくという流れで、アレンジにおいての基本的なルール、選択肢、ストリングスの特性を中心に教えていただきました。レッスンを通して、理論的に正しいか正しくないかだけでなく、自分の耳で聴いてこの響きが好きかどうか、何か意図があってこのアレンジにしたのかなど、自分の曲と根本的に向き合いながら、突き詰めて考えさせられることが本当に多かったです。また、プレイヤーが音楽や楽器の歴史、先人たちの演奏について学んで、自分の演奏スタイルを確立するのと同じように、作編曲も先人たちの作品を聴き、分析し、それを踏まえて自分の作品作りに落とし込む重要性も挾間さんから教えていただきました。今回は時間が限られており、バックグラウンドを勉強をする時間は限られていましたが、スコアを見ること、さまざまな作曲家、スタイルのストリングスカルテットの作品をできる限り聴いたりしながら、自分としてもある程度、納得できるように学びを深めていったことは、今後の作品づくりにも新しい示唆をもたらしてくれる貴重な経験だったと思います。

魅力的なバンドメンバーたち

-今回アルバムで共演している、それぞれのメンバーの演奏の魅力について教えてください

トランペットのベニー・ベナックⅢ世は、トランペットの技術はもちろんですが、歌も素晴らしく、どんな人に対してもジャズの楽しさを伝えられる生粋のエンターテイナーです。また、持ち前の明るいキャラクターでバンドを和ませてくれます。

サックスの寺久保エレナさんは、伝統的なスタイルのジャズを忠実に体現できるプレイヤーです。私のモダンな楽曲に対応しながらも、ビバップのスピリットを共演を通じて教えてくれます。また、誰よりも責任感を持って楽曲に対して入念に準備してきてくれる、信頼できるプレイヤーです。

ピアノの山中みきさんは、英会話でも演奏でも関西弁で話しているようなフレンドリーで馴染みやすいキャラクターが魅力的です。みきさんのガッツある行動や演奏にいつも刺激を受けています。「ちゃんとジャズのレコード勉強せなあかんで!」と演奏でいつも言ってくれているような気がして、身が引き締まります。

ベースのラッセル・ホールは協調性のある演奏だけでなく、時には型にはまらず良い意味で常識を覆すような斬新な演奏が彼の持ち味です。様々な演奏スタイルに対応できる彼ですが、ブルースや四分音符だけのソロのようなシンプルな内容を弾いても歌心があり、グルーヴしていて、「やっぱり一番大事なのはこれだよな」と思わせてくれます。

-今回のレコーディングにおいて、印象に残っている事、難しかった点など、なにかエピソードがあれば教えていただけませんでしょうか

レコーディングは3段階あり、ジャズバンド→ストリングスカルテット→パーカッションという流れでオーバーダブ(重ね録り)でしたが、あくまで全員で一緒に音を出すという実践を想定して制作しました。オーバーダブにおいてあると助かるクリックを使わず、「鳴っている音をしっかり耳で聴いて演奏する」という前提で、ストリングス、パーカッションの音を録りました。

そして動画にある通り、楽器ごとに部屋を分けずに一部屋で録りました。
この録音方法だと、他の楽器のマイクにもそれぞれの楽器の音が入ってしまうため、パンチイン(1つの楽器だけ上から録り直し)や不要な音を消すなどの細かい修正を後からすることはできません。基本的に一発勝負で、うまくいかなければ全員で録り直しとなるので、演奏の技量や集中力がより求められます。また、ジャズバンドのレコーディングではほとんどの曲でヘッドホンを使わず、生音をしっかり耳で聴いて演奏し、アンサンブルすることを心がけました。よりプレッシャーのかかるレコーディングではあるものの、メンバーが同じ部屋で近くにいて、お互い目を合わせたり、笑い合ったりすることで、心理的にも良いチーム状態で録れたと思います。
最近は技術が発達していて、いくらでも音を編集できるからこそ、このようなリスクを取って、ごまかさずに素材のクオリティで勝負したいと思い、あえてこの録音方法を選びました。昔は今のように細かい編集はできなかったので、自分たちが聴いてきたジャズのレコードで演奏している先人たちも同じような方法でレコーディングしてきたのだろうと思います。だからこそ、先人たちの凄さや偉大さをより身を持って実感することができますし、少しでもレジェンドたちに追いつきたいという気持ちが強くなります。また、ほぼ生音で音圧が直で観客に伝わる、ニューヨークの「Smalls」のようなジャズクラブでライヴを聴いているような感覚も、リスナーのみなさんに感じていただきたいポイントです。

「ビバップの可能性」

-アルバムの特に聴いてほしいポイントを教えてください

まず、メインのジャズクインテットは振り切った人選だと思います。みんな得意なことがはっきりしていてわかりやすいです。メインのメンバーたちが一番得意なビバップらしい曲からモダンな曲、南米や中央ヨーロッパを感じさせるような曲へバンドがどのように展開していくのか、ビバップに特化したメンバーたちがタイプの違う曲でどのように演奏しているのかを特に聴いていただきたいと思います。また、そこにストリングスが加わることで、どこまでビバップというジャンルとしての素材が広がるか、「ビバップの可能性」をみなさんに感じていただきたいです。

-最後に、このアルバムを聴くリスナーへのメッセージと、リリースツアーへの意気込みをお願い致します

今回のアルバム、そしてリリースツアーではいろんな楽器や編成を楽しめますし、ジャズの本質を押さえながらも、エンターテイメント性溢れるものになると思います。普段からジャズを聴かれている方もそうでない方でも、ジャズの新しい魅力を感じていただけるはずです。このメンバーでどこまでみなさんをびっくりさせられるか、とてもワクワクしています。「表現」というと演奏や制作が表に出がちですが、企画を考え、実行、運営することも「表現」の一つだと私は思っています。すべての「表現」をみなさんに存分に楽しんでいただけたら嬉しいです。各会場でみなさんにお会いできるのを楽しみにしています。

森智大『Prana』リリースツアー情報

・5/30((木)),31(金) 札幌D-Bop(クインテット編成)

・6/1 (土)岡山SOHO(クインテット編成)

・6/2(日) 福岡Rooms

・6/3 (月)神戸100BAN Hall(クインテット編成)

・6/4 (火)東京WWW


『Prana』リリースInformation

・ディスクユニオン


・Amazon


・タワーレコード


・VENTO AZUL

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