ryotomiuchi

文章の習作

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最近の記事

砂、長じて…

 照りつける太陽光線で髪の毛は芯まで色褪せてしまった。足元はいつも覚束なく、一歩踏み込めば地面が縦横無尽に歪み、バランスを取ることすらやっとのことだった。気がつくと私は一人で何もない砂漠にいて、もう何日も眠らずに歩いていた。自分は知らぬ間にラクダにさせられたのかもしれない。水も飲まずにずっとこんなところを歩き続けていられるのだから。しかし、自分の姿を確認するための鏡は砂漠にはなかった。もちろんここは文明のあるところではないのだから工業製品としての鏡を要求するほど私は図々しくは

    • 首吊りの木

       家のちょうど真向かいにある、荒れ果てた人家の片隅にリンゴの木が一本生えていた。いつのことだったか、私が生まれる前かまだ小さかった頃この家の人間がその木の一番太い幹の根元にロープをかけて首を吊ったという。子供の頃からその家の前を通るたびに、名前も顔も性別だって知らないその自殺者のことを考えるようになっていた。なぜ人が自ら生命を断つのかということが全く理解できない程に幸せだった幼少期の私には、その人には何か耐え難い苦しみがあったのだと、小さな脳みそで想像するしかできなかった。今

      • 樹上生活の終り

         ホテルの狭い一室で私はセックスの最中だった。確かここは赤坂か半蔵門あたりの真新しいビジネスホテルだったはずだ。もしくは東新宿かもしれない。前に来たことのある場所だった。グレーを基調とした静謐な雰囲気の部屋にはウッディなアロマの香りが充満していた。カップル向けのラブホテルが嫌だからここにきたのだと思う。第一ああいったところはじめじめしていて、暗く、煙草臭く、内装もファンシーで洗練されていない。いたるところに幽霊が潜んでいるような気配だってする。しかしながらそれとは真逆にこの部

        • 豹柄模様の山

           目隠しをして手に持たされたロープに引かれるままにどれくらい歩いただろう。安いスニーカーの薄いソールから伝わる地面の感触が頼りだった。顔を上に向けて、せめて布越しにでも太陽の光を感じることができないかと試したが何もわからなかった。もしかして夜なのかもしれない。しばらく歩くと足元がぬかるんできた。川のそばを歩いているようだということが、右耳から聞こえてくるせせらぎの音で分かった。歩くにつれてスニーカーの爪先に冷たいものを感じ、やがて水がゴムの隙間から侵入してきて靴底自体がぬかる

        砂、長じて…

          森の医者

           しとしと雨が降る森の中を白衣に首から聴診器をかけて、片手に黒い革製のバッグを持ち、裸足のままで歩いていた。私は医者だった。と言っても人間を診察したことがなかった。それどころか病の人間を見たことがなかった。昔はさまざまな病があり、今では信じられないが若くして死ぬ人もいたくらいだったと聞いたことがある。また、老いと共に体のあちこちで不具合が生じ、それによって命を終える人がほとんどだったとも歴史の授業で学んだ。今日ではもはや病院もなく、医者になるための免許すらいらなかった。判断し

          赤い屋根の家

           藁の匂いのする山間の集落に私は生まれた。花は香り、牛や猫は昼寝をするほどに長閑な場所だったが、それとは反対に生活は苦しかった。両親と兄と姉は休みなく田畑を耕してはコメや野菜を実らせたが、労働量に逆比例するように食べるものは減っていった。作物を汗を垂らしてこしらえてもその殆どが次の日にはどこかへ消えていってしまい、自分達の口に入るのはいつも味のしない芋類ばかりだった。それでもみんな小さな子供であった私に自分の分も分け与えたりしてくれたが、目の前にあるものが、自ら作り出したもの

          赤い屋根の家