小説 : バカモノ

僕は天才。当たり前のことだ。僕の周りの人は、いつも僕のことを褒めた。
本当にあなたはいい子ね。君は将来どんなものにだってなれるぞ。素晴らしい。健吾くんすごいね!
高校生になった今も変わらない。
塾なんていかなくても成績は一位、志望してる大学だって余裕があるくらいだし、友達も多い。
やることをさりげなくやっておけば、人の人生なんてちょろいもんだと思っている。
何をしても上手くいくもんだ。
それが当たり前のことなのだから。
ずっとそうやって上手くいってきていたんだから。
これからも変わらないはずなのだから。

なんで、なんでなんだ。こちらを振り向くことなく去っていく後ろ姿を見つめながら、僕は答えを探した。告白をして、見向きもされず、フラれた。
僕は必死になって、彼女の後を追った。
「ちょっと待ってよ! どうしてダメ!?」

彼女と僕は小学校から知り合いだった。昔はあまり目立つような子ではなかった。中学校ではクラスが同じになることがなかったので、あまり交流もなく、本当の意味で再会したのは、高二の春だった。
彼女が通れば誰もが振り向く。そう言っても過言ではないほどの美人だった。

高校に入ってすぐ学年中の男子が彼女に夢中になっていた。告白をしたけどフラれたっていうエピソードがあとを絶えなかった。みんな誰かしらのフラれ話を聞いて笑っていたけれど、僕にはなんで笑っているのか理解出来なかった。恥ずかしくないのか。
 思春期の男の妄想の餌食にされる彼女を少し不憫に思うくらい、周りの熱は上がり続けた。

彼女のことを前から知っていたし、昔から女子の話題に上がりっぱなしだった僕のことを、彼女が知らないこともないと思っていたので、僕は気分がよかった。

多分、彼女もこの学校の中だったら付き合ってもいいと思うのは僕くらいだなと思って、なおのこと優越感が増した。
付き合いたいと思った。
僕は彼女のことが好きになっていた。
きっと彼女も、僕のような人と付き合えて幸せだと思った。

そう信じて告白したのが、ほんの数秒前。
 放課後の廊下には僕と彼女しかいない。夕日が窓から差していて、床の細かいホコリがふわふわと舞っていた。まるで映画のワンシーン。僕がフラれていなければだけれど。
 僕の問いかけに、彼女はうっとおしそうに答える。

 「あなたのこと好きじゃないから。以上。」
 「せめて理由を言ってくれよ。なんで僕じゃダメなのさ」

 こんなにも完璧な僕の告白を断るはずがない。根拠はないが、それを確信していた。
 「そういうところよ」
 僕の目に入った彼女の視線が、まるで自分の内側を覗かれているように感じた。
 それがいけすかなくって、僕は彼女が目一杯嫌がるような口調で答えてやった。

 「どういうところだよ。大体、あんな大雑把な振り方して、僕が納得するわけないだろ。」
 「大きくしないと、あなたわかんないでしょ」
 「失敬な。これでも僕は学年一位だよ? 君よりは理解力に自信あるけどね」
 言い終わった後、僕の予定通り彼女は苦虫を噛んだような顔をした。その顔のまま、言葉を選ぶように一文ずつしっかりと言った。
 「あんたって、何も産み出さないのよね。」
 そんなアホな。
 「アホはあなたよ。あなたと話していても、私は何も得られないもの。少なくとも私よりはアホなんじゃないかしら」
 気品を感じる喋り方を崩さずに、彼女の思う僕の悪いところを淡々と語っていった。
 ただ、その気品さが鼻につくほどに、僕は彼女に対して怒りと親しみを覚えた。

 普通の高校生はわかっていないんだ。そう遠くない未来で僕らは大人にならなきゃいけないんだ。面白い面白くないで判別してては現代の競争的な社会で生きていけない。ゆとり世代だと馬鹿にされ、女子は婚期と年齢に怯え、男子は就活に燃え、誰もが社会に参加するべく規律を重んじて生活しているのにだ。その考えにたどり着つく前の僕と同じ思考だ。これはいけない。彼女のためにも、人生のなんたるかを僕が気づかせるべきだ。

 「楽しい楽しくないで判別してたらチャンス逃すよ。そろそろ現実見たらは?」
 「私は後悔しないもの」
 駄目だ。もう救いようがない。僕がそう喋らずとも彼女は続けた。
 「あなたのそういう中途半端なところも大嫌い」
 何かがおかしい。そう思って違和感に指摘しようとしても彼女は手を緩めることはない。

 「大して話もしないくせに私の人格を勝手に決めつけて、自分の考えが通じなかったら逃げようとする」

 「あなたは天才なんかじゃない」
 僕は天才だ。君が理解できないだけだ。頭の中で繰り返す。ぐるぐると思考は回り続けて、だんだんと頭が重くなってきた。必然的に、俯くような形に首を曲げた。

 「みんなよりもちょっとだけ出来ることが多くて、ただそれだけで、どんな人よりも自分が優れていると思っているだけ」
 簡単でしょこんなのと、高校に入ってから言ったことがある。最近はテスト期間になると周りには人がいないことが多い。みんな勉強してるんだろうと思っていた。

 「私に好かれたいんじゃなくて、ただ好かれたいだけよ」
 試験期間は駅前になるべく通らないようにした。家族と焼肉なんてもっての他。ファーストフード店にも行かない。カラオケに誘われても行かない。誘惑が多いからだ。人が集まるところは自分が傷つく可能性が高くなるからだ。自己防衛だ。事故防止だ。だから逃げているんじゃない。現実から逃げているんじゃない。違う。違う。違う。
 「愛されたかったんでしょ?」

 「バカな人」

 僕が顔をあげると彼女はそこにいなかった。
 夕日が沈んで、廊下は先が見えないほど暗くなっていた。いったいどれだけの時間が過ぎたんだろうか。指先で頬に触れると、何かに浸されていたかのように水浸しになっていた。

 「どうすればいいんだよ!!!教えてくれよ!!!」

 誰も答えてはくれなかった。校舎にはもう僕一人だけ。彼女の背中はもう見えない。
 僕は教室の中に入って、机に座って思考を巡らすことにした。
 夜は長い。どこまで続くかなんてわからないけれど、明けるまでは考え続けてみようと思った。
 
 がしゃん、椅子の落ちた音で目が覚めた。正しくは椅子が床に叩きつけられた音だ。膝を抱えてうずくまっていた僕の前で、彼女は僕を見下ろしていた。

 「答え、出たのね。」
 「ずいぶん荒っぽいね。僕を殺しにでも来たの?」
 「死神とでもいいたいの?あなたにとって私は天使じゃないのかしら」
 どこが。
 「気づかせてあげたじゃない。」
 僕はずっと感じていた違和感について追及しようと思った 。
 「君は僕の心が分かるの?」
 彼女は一瞬だけにっと笑って、冷たい表情に戻して言った。
 「そうかもね。」
 「だからおせっかいを焼いたの。私、優しいでしょ?」
 僕の答えも返答も聞く気はないらしく、彼女は教室から出ていった。

 そのあとすぐに、クラスメートの男達がどおっと教室に押し寄せてきた。
 「おはよう!!! おいさっきあの子うちの教室入ってかなかったか!!??」
 僕は彼女のために少しだけ嘘をつくことにした。
 「来てないよ。ただ廊下歩いてただけだろ。」
 「なんだ~今日でテストも終わりだし、あの子と話せれば最高の日になったと思ったのに…」

 「あ、健吾。今日みんなとカラオケ行くんだけどさ、よかったら来ないか?」
 目がかゆくなって、指の腹で擦った。少しヒリヒリとしたけれど、不快感はなかった。
 「行く。もう昨日は最悪の日だったんだよ。今日はストレス発散したいんだ。」

 「実はさ…」
 昨日の恥ずかしい告白を打ち明けようと思った。そんなことしても何も変わらないけれど、ただ誰かに笑ってもらえればと思った。

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