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no.8/ハッピーマンデー【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

【築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公。腹の中は饒舌。
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中

※目安:約4900文字

「秋って、祝日多いッスよね。しかも月曜日ばっかりだし、毎年日にち違うし、いつがなんの祝日だか覚えられないッス。みなさんは覚えきれてます?」

 キツネくんが何かを思い出したように立ち上がり、カレンダーアプリが表示されているスマホを全員に向けた。

「メガネ氏は公務員であるから、日本の祝日は全部覚えていそうである」
「まぁな。公務員は関係ないと思うが一応覚えている」
「俺は休み関係ないから、いちいち覚えてねーよー」

 たくちゃんはそうぶっきらぼうに言うと、作業の手を止めて、ゲーミングチェアに座ったまま大きく伸びをする。とうとうそのまま机に足をのせてくつろぎ始めてしまった。

「確かに、毎年日にちが変わると言うのは、認知する上で混乱はしそうだ。次の祝日はスポーツの日だが、あれは元々10月10日が祝日だったものだしな」
「えー、そうなんスか」
「俺たちが小さな頃かな、ハッピーマンデーというものが制定されて、第二月曜日に固定され、日にちとしては変動することになった」
「ハッピーマンデー?」
「他にも成人の日とか敬老の日とか海の日などもそれに該当する。もちろん、変動していないものもある。何とも統一感がないと言うか。まぁそれの一つだ」
「面倒くさー」

 説明調のメガネくんとは対照的に、すっかりリラックスモードのたくちゃんが、だらだらと面倒くさそうな声で反論を始めた。顔面を見ると、目を閉じて、半分寝ているようにさえ見える。

「結局あれだろ? 土日とくっつけて連休にできるからだろ? もう、元々の制定の意味なんて関係ないっていうか、変に合理的というか、機械的というか。どっちにしたって俺には休みとか関係ねーけど」

 確かに。なんでその日が祝日なのかとか、最近どうでも良くなってきた気がする。

「スポーツの日って、何なんスかね? 今時秋の運動会の方が少ないのに!」

 言いたいことが言えたのか、キツネくんはスマホを握りしめたまま着席した。

「元々は、体育の日じゃなかったであるか」
「なんか、そんな感じだったよなー。学校が休みだったくらいしか覚えてねーよ。あれって別に運動会する日なわけじゃねーんだろ?」
「体育の日は、最初の東京オリンピック開会式にちなんで制定されたからな」
「それが10月10日なんスか?」
「まさかのオリンピックかよ!」
「そうだ。それをハッピーマンデーで流動型にしたメリットはよくわからないが」
「日にちも名前も変わっちゃったら、そもそもオリンピックの意味なんて関係ないッスね」
「であるな」

 たしかに。俺も黙ったまま頷いた。

「そういえば、都民の日というのを知っているか」
「県民の日とか、そういうやつッスか?」
「そうだ。毎年10月1日、俺が小学校低学年の頃は公立学校や都立施設が休みになる地域は多かったものだが」
「メガネ氏は東京出身であるか」
「まあな」

 日向荘で、住人の過去を詮索することはない。本人が話したければ話すけど。だからお互い出身地や学歴も知らない。「今」に関わることだけ知っていればそれで十分仲良くなれる。
 ……キツネくんは興奮するとたまに方言っぽいのが出てくるから、都外出身なんだろうなとは思っているけど。

「つまりそうすると、学校が休みだからそれを狙った都内のレジャー施設や店などが、ここぞとばかりに一日限りの都民割などを特設して客を集めたりしてな。まぁ、子供ながら活気があるなと感じたものだ」
「小学生の時から視点がおっさんだったんだな。俺そんなふうに世の中見たことねーわー」

 眠そうにぼそりとつぶやいたたくちゃんの声が聞こえているのかいないのか、メガネくんは華麗にスルーして話を続けた。

「ところがいつの間にか授業時間数の確保とやらで、学校判断か教育委員会判断か知らんが、休みを廃止する所が急に増えてな。おそらく10月1日が都民の日などと知らない子供達も今はいるんじゃないのか」
「確かに。そういう県民の日って、どこでもあるんスかね、僕のとこは県民の日学校ホリデーっていうのがあって、なんか『休みだ!』ってだけで仕組みがいまいちわかってませんでしたもん。地域ルール、よく分かんないっスよね」
「つまり俺が言いたいのは、人が作ったものなど、人によって変化や消滅を平気で起こせるということだ。それにまぁ、スポーツの日へ名称が変わったのも二回目の東京オリンピック開催に因んでいるしな。こじつけとも感じるが」
「でもねー、そもそも初めての東京オリンピックの記念日なわけッスよね。それさえ簡単に変わっちゃうなんて、なんか記念日とかどうでも良くなってきたかも」
「だろ? みんなして、さも常識みたいにいちいち覚える必要はないんだよ」

 なんだか、人の作るものとか、この世にあるものって、全て儚いのかもしれない。

「それは極論だが。でもオリンピックでさえ、最初の東京開催から50年以上経れば、その意味さえ曖昧になって開会式と関係ない日でも国民は祝えてしまう。それ以前に、祝っているのかどうかもよく分からん」
「なんか寂しいである」

 ござるくんの静かな声を打ち消すかのように、バンとテーブルに手をついて、再びキツネくんが立ち上がった。

「それよりハッピーマンデーっすよ! ん? ラッキーマンデー?」
「ハッピーマンデーである」
「それ。わざわざ名前変えて日付も変えるって、なんなんスか?」

……キツネくん、何をそんなに怒っているのか。

「今年なんて10月9日。本来の意味を飛び越えて毎年コロコロ日にちが変わるし、月曜日の祝日多いから、僕休みの日覚えらんないんスよ! 考慮しながらバイトのシフト組むの、結構大変なんスからね!」

 そういうことか。でも、キツネくんは体育の日制定理由だって知らなかったはずなんだから、そこまで怒る必要などないと思うのは俺だけか?

「……今年が9日ってことは、去年は10日だったんじゃねーの?」

 何かを思い出したかのようにたくちゃんが
口を開いた。

「「へ?」」

キツネくんとござるくんが同時に口を開いた。俺も無言のまま、思わずたくちゃんへ視線を向ける。
それにしても……ん? そうだったのか。気づかなかった。

「拓人の言う通りだ。偶然とはいえ、去年はなんだか不思議な巡り合わせだったな」
「そうだったんだ。元々の体育の日を知らなかったから、去年気づけなくて残念ッス。次10日になるのはいつなんだろ? 祝日が流動的になっちゃうと、本来の日にちと合致するなんて貴重ッスよね! 5年後くらいっすかね?」
「一週間は7日あるのだから、5年でひと回りする事はないはずであるよ」

……検索したら出てきたりしないのかな。みんなは何をどうしていいのかわからなくて、次の10月10日月曜日を探す迷路に迷い込んだような顔でぼんやりと宙を眺めている。たくちゃんはそれさえ諦めたのか、机に向かって何か作業を始めたようだ。

「2033年かぁ……?」

 無関心に作業へ戻っていたとばかり思っていたたくちゃんが、ポツリとつぶやいた。

「何がッスか?」
「いや、次に10月10日がスポーツの日、要するに第二月曜日になる年?」

 は? 天才かよ。何でわかるの。

「なんスかそれ! 何でわかるの?」

キツネくんは俺の心の声と同じ反応をした。

「何って、計算してただけだけど?」

 計算? 作業に戻っていたんじゃないのか。

「おそらくだが、カレンダー算、こよみ算、日暦算などと呼ばれる算数の応用計算ではないか」
「あ、この計算? そんな名前なの?」

 そんなこと計算できるの? 算数?……カレンダー算? そんなの、俺習った記憶ないけど?

「いわゆる、受験算数という分野だな。中学受験を目指す小学生たちが学ぶものだ」

 中学受験? たくちゃんが?

「子供の頃住んでたアパートの幼馴染がさ、結局公立の中学に行ったけど中学受験の勉強してて。学校で習わない計算してるのが面白そうだったから隣で見てたんだよ。だからそれ。結構覚えてるもんだな。それにしてもカレンダー算って変な名前! まんまだなヒャヒャヒャ! ほら、これこれ。合ってる?」

 何かの紙に書かれた計算の痕跡をメガネくんに見せている。……受験算数とういうのは、隣で見てるだけでできるようになるものなのか?

「あいにく俺は中学受験をしてないのでな、実のところ詳細はよく知らない。俺自身は文系だし」
「どうやって計算するんスか、見せて下さいよ。……って、あーっ! ダメじゃないスか! これ何かキャラクター設定的な原画ですよね! こんな貴重なものの端っこに祝日の計算とかあり得んて! もうせんでくださいよ! 設定書きは単なるメモじゃないんスから!」
「いや、単なるメモだろ? これだって所詮覚え描きなんだから」
違いちぎゃーのわからん男やな! 僕に言わせたらどえりゃぁ貴重品だで!」

 もともとたくあん作品の大ファンであるキツネくんにとっては確かに貴重品なのかも。ぷりぷり怒るキツネくんに鉛筆で描かれた人物画をひらひらと見せると、たくちゃんはその紙をまた机の上へ戻してしまった。

「たくあん氏、実は頭良いであるか?」
「良くはねーだろ。こんなのは知ってるか知らないかの話だし。パターンさえ知ってれば、結局は算数なんだから、ござるもできるぜッヒーッヒヒヒ」

 そういうものなのだろうか。少なくとも俺は、そんな計算には一度も出会ったことがない。

「知っているか知らないか。確かに祝日の制定理由だって今やその程度のものなのだろうな。知ろうと思えばいつだって知ることができる。そのものが変化もすれば無くなりもするし、知っていても知らなくても影響は特にない。所詮人が作るものというのはそんな存在なのだろう」

 ふぅん。やっぱり儚いな、この世は。

「それなら、記念日作るのだって自由じゃねかぁ。好きなだけ記念日作っちまおうぜぇ」
「え?」
「いいであるな」
「じゃぁじゃあ、僕たちの記念日作って、その日は絶対仕事休んでみんなで遊びましょうよ! 僕たちだけ休日にするんス!」
「さすがに仕事は無理なんじゃないのか」
「メガネ、お前が言うなよ……」

 えげつない有給休暇を取るのには定評のあるメガネくんだ。お盆休み9連休は記憶に新しい。それによって自身の作業計画に大ダメージを受けたたくちゃんは呆れた顔をしている。

「203号室の床が抜けた日はどうであるか。あれは衝撃的だったである」
「あー、話では聞きましたけど。でもそれ、僕がまだ日向荘に入居する前ッス」
「それなら、全員で夕飯を一緒に食い始めた日にしたらどうだ。あれだろ、キツネが入居した次の日だったはずだ」
「めっちゃいいッスね! 去年の4月ッスよ。えっと、4月の入学シーズンが落ち着いた頃の土曜日……4月23日に引っ越してきたんで、24日ッス!」
「「「「……」」」」
「ん? どうしました?」
「いや、ゴールデンウィーク直前で休みを取りづらいであるな……」
「29日から大型が続くからな」

 確かにその時期は休みづらそう。ちなみに29日は俺の誕生日なんだよなぁ。まぁ、何にせよアルバイトだから、その気になれば好き勝手に休み申請はできるんだけど。それに、メガネくんなら何食わぬ顔で有給休暇をもぎ取ってきそうだ。
 それぞれが首を傾げながら打開案を考えていると。

「俺に名案が浮かんだぜッヒャヒャヒャ!」

 眠気が冷め切った様子のたくちゃんが突如大声をあげた。

「名案?」

俺も思わず声が出る。

「4月の第三月曜日にしようぜー!」
「「「「!?」」」」

まさかのハッピーマンデー適用かよ!

「そんなん、その時期にしたら余計に休み取れんがや!」
「えー、お前らならもぎ取ってくるだろ?」

いや、ゴールデンウイーク直前のハッピーマンデーは却下!




[『ハッピーマンデー』完]



※次回は10月20日(金)20:00頃更新予定です!


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