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no.12/平和な派閥【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)

【築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公。腹の中は饒舌。
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中

※目安:約4300文字

「なになになに? 食後になに広げてるんだよ!」

 冬の定番「水炊き」をお腹いっぱい食べた後のこと。土鍋やカセットコンロなどが片付けられたばかりのテーブルに、キツネ君がお菓子の袋を並べ始めたから、たくちゃんはゲーミングチェアで伸びながら変な声を上げた。

「なにって、きのことたけのこッスよ」
「一目瞭然だ。しかし……」
「……今、であるか?」

 食後ということもあって、みんなの反応は微妙だ。
 しかもテーブルに広げられたのはファミリーパックとでもいうのだろうか、パーティーパック? とにかく大きな袋から、小分け包装が連なった『きのこのお菓子とたけのこのお菓子』が次々と出てくるのだ。まぁ反応に困る。

「今食べるかどうかは別問題として、みなさん、きのこ派ですか?それともたけのこ派?」
「……そういう事か」

 どうやら食後のおやつというよりは話題のネタとして持ち込んだらしい。メガネくんも安堵した様子で応えている。

「俺たけのこ〜!」

 一番手に公表したのはたくちゃん。

「俺も、どちらかといえば……?」
「いっちゃんもたけのこ派か! ヨシヨシ」

 同志を見つけたとばかりに、たくちゃんはニコニコ喜んでいる。

「僕はどちらかといえばきのこ派である」
「奇遇だな、俺もきのこ派だ」
「実は僕もきのこ派なんですよねぇ。やっぱ、きのこ良いッスよね! チョコの部分がちゃんと100%チョコなんで大好きです!」

 そんなキツネくんの主張を聞いて、たけのこ派のたくちゃんは黙っていない。

「100%チョコが良いなら板チョコ食ってれば良いだろ? サクサクビスケットと程よいチョコの甘さとが織りなす黄金バランス、それらを馴染ませ包み込む絶妙な食感が良いんじゃねーかーーーっ! ほれ、いっちゃんも反論反論!」
「えー……」

 好みなんて個人差あるし、そもそも戦うものではないと思うんだけど……。

「そうだな。きのこは白黒はっきりしているというか、妙なミックス感がないところが俺好みだ」
「僕は、カリカリした歯応えが好きである」

 俺が応戦しないものだから、きのこ派3対たけのこ派1みたいな構図で、お互い、推しタイプのプレゼン大会になっている。

「で、キツネはこんなことのために大袋を買ってきたのか。勝負としては早くもきのこに軍配ありなのだが」
「勝負だったのであるか……」

 はたと冷静になったメガネくんが、小さな疑問を投げかけた。そう。そもそも何でこれを買ってきたのか。

「スーパーって、こういう大きいサイズあるじゃないッスか。だからバイト先でいろいろ目につくんスよ。それでね、季節的にもこういう大袋系のお菓子を、みんなで食べたいなぁって思ったんスけど……」

 キツネくんの大きな目が、たくちゃんと俺を交互にゆっくり見た。

「僕、きのこ派なもんで!」

 快活な言い訳が部屋いっぱいに響く。

「あぁ、たけのこは誰か好きな人にあげようって事であるか」
「そうッス! 好みが分かれるものは、対立するんじゃなくて分け合えばいいんスよ。ね、ほら。こうすれば好きな方だけ食べれるでしょ?」
「早い話、大袋のたけのこはいらないという事だな」
「メガネさん、人聞き悪いッスよ」

 小声でそう言うとガサゴソと大袋から中身を出し切り、連結している小袋の継ぎ目をペリペリと切って分け始めた。

「こっちがきのこで、こっちがたけのこッス! これをそれぞれ人数分で分けたら平和ッスよね?」
「なるほど、これは平和である」
「これからもこうやって最初に分配したら良くないです? このまま明日のおやつにしましょうよ!」
「そもそも12袋を五人で割るのも難しいであるから、この方法はいいであるな」
「確かに、明瞭で良い」
「はい、これいっちゃんの分」

 たけのこ派は二人だから、一人の分けまえが多い。さすがに3袋もいらないかな。

「俺ひとつでいいよ。あとたくちゃん食べて」
「マジで! いいの? ヤッフーーー! たけのこ仲間のいっちゃんが良いヤツで、俺は幸せだーッヒャーーーーッヒャヒャヒャ!」

 あーウルサイ。

「え、じゃあさ、ポッキー系のやつでチョコがコーティングされてるのと、チョコが中に注入されてるの、どっちが好き? 俺ね、俺ね、注入してあるやつ! だってあれなら手がチョコでベトベトしないじゃん?」

 なんとなく調子に乗り始めたたくちゃんが、別のお菓子についても意見を求め始めた。

「別に、チョコがコーティングされていても持つところは汚れないようになっているだろう? 拓人はどうやって手を汚しているんだ……」
「えーっ、普通に汚れるだろ? だから作業中に食えないんだよー」

 俺もメガネくんの意見に同意。どうやったら汚れるというんだ。

「僕はコーティング派ですかね。だってまず最初にチョコが味わえるじゃないッスか! あ、でも。その二つが大袋で一緒に売られてる事ってなくないです?」
「あ? あー、そっか。……ん? そうか?」
「だったらコーヒークリームとチョコクリームの乗ったクッキー。あれはどちらが好きであるか? 箱入りの商品でも両方混ざってて、僕はコーヒークリームの方が好きなのであるよ」
「僕チョコっすね」
「……分配成立である!」


 しばらくそんなお菓子の話をしていたら、キツネくんが少し考え込むように大人しくなってしまった。

「……甘いものは、食べるとやっぱり幸せッスよね」

 ……そうなのか? 俺はよく分からない。ポリフェノールとか、そういうこと? あ、チョコレートとも限らないのか。

「甘いものが好きな人は、そうかもしれないであるな」
「キツネ、コンビニの新作スイーツ、良くチェックしてるもんな!」
「好きなものがあると言うのは良い事かもしれない」
「……たくあんさんの本が届くたび、お姉ちゃんどえりゃぁ幸せそうだったなぁって思い出したんスけど……」
「俺?」
「いろんなこと忘れて幸せな気持ちになる瞬間を作れるなんて、たくあんさん凄いなぁって、会ったこともない頃から思ってたッス」

 そうだった。たくちゃんは普段はこんなだけど、ネットでいろいろ売ってるんだったっけ。ファンもたくさんいるらしいし、最初はお姉さんの影響でたくちゃんの本を読み始めたキツネくんも、活動の方向性とか、ものすごく影響を受けたって言ってたな。

「僕も、そんなふうに幸せを与えられる音楽作りたいッス」
「ん? 作ってんじゃん?」
「でも今は、収入はサイトのアフィリエイト収入だし、ダウンロードはあまりされてないし、それってどうなんスかね」
「どう? ……であるか?」
「ござるさんはヒーロー大好きじゃないッスか。日曜日のヒーロースペシャルタイムも至福の時なわけッスよね? サブスク動画だってここで良く見てるじゃないスか」
「まぁ、そうであるな」
「お姉ちゃんはたくあんさんの本が届いた時からニコニコ幸せそうでさぁ」

 キツネくんはぼんやりと考え込むような表情のまま、手に乗せたお菓子の小袋をいじっていた。お姉さんの影響とはいえ、ここでたくちゃんの正体に気づくまで、たくあんという作家はどこかのお嬢様だと思ってたんだよな。

「そんなふうに誰かを幸せにしたいなぁって思ってるんスよ。だから……」
「それは違うんじゃね〜かなぁーーー?」

 え、あんなに満腹になった食後だというのに、たくちゃんは早速たけのこのお菓子をひと袋開けて、サクサクもぐもぐしている。……しながらも、どことなく落ち着いている。あのたくちゃんが落ち着いてる? 激レアかよ。

「別に、俺にそんな力はねーよー。楽しんでもらえたらいいな、とは思うけどさ。俺にできることなんてたかが知れてるしー?」
「そう、なん……スか?」
「そもそも社会不適合な俺に、そんな影響力ねーんだよ〜。あるとしたら、読んでくれてる人が、自分は何が好きなのかわかってるって事くらいじゃねぇ?」
「キツネは、拓人の本が好きでもヒーロー番組は見ないし、ござるもヒーローは好きだが、別に拓人の本は読まんだろう。つまりそういう事なんじゃないのか」
「気負う必要はない、という事であるか」
「みんなが自分の事だけでも幸せにできたらさ、それだけで世界はもっと平和になると思うんだよー」
「それって、僕が好きなことを好きなだけしたらいいって事スか?」

 誰かの『幸せ』なんてものまで願えるキツネくんは、それだけで十分素敵だと思うけど。

「まあとにかく、大袋のきのこ食べたくなったらいつでも買ってこいよ! 俺がたけのこもらってやるからさーヒヒヒ!」
「102さんと、ちゃんと分けて下さいよ?」
「キツネ氏が好きなものを食べると、たくあん氏もおこぼれがもらえるシステムであるな。この分配システムは優秀である」

 俺はずっと何かに隠れようとするばかりで、相変わらず自分の好きなものもよく分かっていないのに。きっと、自分からも隠れようとし続けてきたしわ寄せなんだろうけど。

「あー、いっちゃん。やっぱこれあげるー。甘いのは幸せになるんだってよ、キツネが言ってたぜ。最後の一個だけど」

 たくちゃんが小袋に入ったたけのこのお菓子を、半ば強引にこちらへよこしながら、いつもの軽い調子で言った。

「拓人の食べかけじゃないか」
「えー、いっちゃんしょんぼりしてるし、かといって食後に一袋は多いだろうしさー」
「あぁ……ありがとう」

 何があったのか、とか。そういう事を問い詰めてこないのも、日向荘が居心地の良い理由ではあるけれど……

「お茶でも淹れるであるか。たけのこはきのこよりも水分を持っていきがちなイメージである」
「ござるさん、それならコーヒーの方がいいんじゃないッスか?」
「インスタントがそこにあるだろう。ポットに、まだ湯は入っていたよな」
「……である」

 パカっとポットの蓋を開けて湯量を確認したござるくんが、そのまま5人分のインスタントコーヒーを入れてくれた。何だろう、俺はそんなにしょんぼりしていたつもりはないんだけど。あのたくちゃんがそう感じてしまうほど、ぼーっとし過ぎていたのかも知れない。

「ハイ! じゃ、かんぱ〜い!」
「何の乾杯だ」
「そもそもコーヒーで何やってんスか」
「たくあん氏、もしやアルコールが必要であるか?」
「は? いらね〜よー」

 特に甘いものが好きだと思った事はないけど、口の中でサクサクもぐもぐ広がっていくたけのこのお菓子は、キツネくんがいう通り少しだけ俺を幸せな気持ちにさせてくれた。……ような気がした。

[『平和な派閥』完]

※次回は2024年1月12日(金)20:00頃更新予定です!

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